I.春を祝う宴

キードゥル93年4月


「おはよう、クリスティーネ」

「おはよう存じます、お姉様っ」

「皆っ!」


フィリアーネと会場前の扉で待っていると、レトルートやアイリス、ミカエルにリュードゥライナがやってきた。全員正装で、豪華な衣装だ。クリスティーネとリュードゥライナ以外は、ヒサミトラールを象徴する青緑のローブを纏っている。


「お姉様、今日もお綺麗ですわ。イヤリングもつけているのですね」

「あら、そのイヤリングはどうしたの?」


アイリスが「とても可愛らしいデザインね」と言って褒めてくれる。


「フィルオーナとフィリアーネから入学祝いにもらったのです」

「まぁ、そうなの?とても似合うわ」


フィリアーネが嬉しそうに笑って顔を隠すように俯く。


「アイリス、そろそろ入場だ」

「はい、レトルート様」


扉の奥から司会者の声が聞こえ出す。レトルートの側近だ。


「領主、レトルート・ロード・ヒサミトラール。領主夫人、アイリス・ワイフ・ヒサミトラール。第一領子、ミカエル・ヒサミトラール。第三領女、リュードゥライナ・ヒサミトラールの入場です!」


扉が開いた。クリスティーネとフィリアーネは扉の中からこちらが見えないように横に避ける。


「行ってくるね、クリスティーネ」

「はい、お兄様。行ってらっしゃいませ」




ミカエルに軽く手を振る。それから、皆が入場し、扉が閉まった。

フィリアーネが呟くようにポツリと話す。


「……クリスティーネ様」

「どうしたの、フィリアーネ!」


フィリアーネは両手を握りしめて、ガタガタと震えていた。冷や汗もかいている。


「だ、大丈夫?」

「うぅ、緊張して、しまって」


クリスティーネはフィリアーネが握っている手をその上から強く握る。

俯いていたフィリアーネが驚いて顔をあげた。


「クリスティーネ様?」

「大丈夫よ、フィリアーネ」


たったそれだけの言葉。でも、クリスティーネにはこれ以上の言葉が出てこない。

もっとあるだろう、そう思って仕方ない。でも、これ以上は出てこない。


「ありがとう……存じます、クリスティーネ様」


フィリアーネがフワリと微笑む。


「我が娘――」


扉の中からレトルートの声が聞こえてきた。そろそろ入場だ。

フィリアーネが先程の優しい笑みとは違い、力強く微笑む。


「参りましょう、クリスティーネ様」

「えぇ!」


クリスティーネは大きく頷いて、大好きな側近を伴い、中に入った。


「第二領女、クリスティーネ・ヒサミトラールの入場である!」


大きな拍手が湧く。


称賛。尊敬。栄光。優しい感情の視線ばかりがこちらに向かった。

ゆったりと美しく、できるだけ優雅に歩く。視線はできるだけ真っ直ぐ。

クリスティーネは銀髪を揺らして、階段を上り、席に座る。後ろにはフィリアーネが控えた。


恒例の乾杯だ。レトルートとアイリスが立ち上がる。


「今年も春を司る〈花の女神〉フラーロリンスの季節が巡ってきた。〈栄光の女神〉ウィートゥキャンデの加護がある年になるように願っている」

「勉学も仕事も頑張りましょう」


レトルートとアイリスは杯を高く上げ、チリンと杯を合わせる。


『皆に全ての神の御加護があらんことを!乾杯!!』

「うぉぉぉおお!!」


皆が杯を上げて、叫ぶ。


……いつも通り。


そして、ローブの授与だ。今年はアイリスが授与をするらしい。

二日後、貴族学院に入学するクリスティーネ含め、七人の貴族が呼ばれる。


「それでは、ローブの授与を行いましょう。名を呼ばれた者は前に」

「マルティオ・ルイーゼ」

「メリッサル・ステット」

「オットー・アゴスト」

「フィオナ・ファルドール」

「ヘンリック・アスカルト」

「フィリアーネ・シェジョルナ」

「クリスティーネ・ヒサミトラール」


基本は身分の低い順番だが、フィリアーネはクリスティーネの、ヘンリックはミカエルの側近に内定している。そのため、こういう順番になるのだ。

ちなみに、マルティオのルイーゼ家は下級貴族。ヘンリックのアスカルト家とメリッサルのステット家は中級貴族で、オットーのアゴスト家とフィオナのファルドール家は上級貴族だ。


「クリスティーネにヒサミトラールを象徴する、この青緑のローブを」

「ありがとう存じます、アイリス様」


ブローチでローブを両肩にとめ、会場に振り返る。それから、フィリアーネの隣にまで歩いて、ニコリと微笑んだ。


「新たなヒサミトラールの子に神々の祝福がありますように!」


アイリスがそう言って、杖を高く持ち上げると、会場にキラキラとしたものが降り注ぐ。

魔力を非常に細かくしたものだ。祝福としてよく使われる。

右隣に並んでいる同級生たちは初めて見た祝福に少しはしゃいでいるようだ。


長ったらしい挨拶も終了し、社交の時間だ。

社交デビューの時と違って、ほとんどの貴族がやってくるわけではないけれど、学生たちは多くやってくる。側近目当てだ。


「ごきげんよう、クリスティーネ様」


初めに並んだのは、フィオナ・ファルドール。クリスティーネと同級生の女の子だ。それと、妹らしき子も連れている。


「ごきげんよう。今年から、よろしくね」

「はいっ!ぜひ、仲良くしてくださいませ。クリスティーネ様と同学年だなんて夢のようですもの。わたくしも、精一杯頑張りますわ」

「そちらは?」


妹らしき子に視線を向ける。フィオナは後ろにいたその子を前に出させた。


「妹です。さぁ、挨拶を」

「はっ、はい。フィオナの妹、フィネア・ファルドールです。九歳です。よろしくお願いいたします」

「わたくしはクリスティーネ・ヒサミトラールです。よろしくね、フィネア」

「はいっ!よろしくお願いしますっ!」


……可愛いなぁ。


「お久しぶりです、クリスティーネ様」

「コリスリウト!」


次にやってきたのはコリスリウトだった。数年前と比べると、随分丸くなったと思う。


「あの約束、覚えていますよね?側近になってくれるって」

「……おや、そんな約束、しました?」

「え!?」


コリスリウトが驚いて、戸惑ったような顔をする。クリスティーネは焦り始めた。


「わたくし、コリスリウトに勝ったら側近になってくれるって言って、か、勝ちましたよね??なら、もう一回勝負しましょう!」

「勘弁です。嘘っですからっ……ふ、ふふ」


コリスリウトが笑い始めた。


……からかわれた!?


コリスリウトは嫌いな人物には嫌悪感を滲ませた言動をする人物である。コリスリウトはそれなりに――否、かなり、今のクリスティーネを気に入っているのだ。


「ちゃんと覚えていますから。貴族学院でもよろしくお願いします」

「えぇ、今度はちゃんと覚えててくださいね?」

「……えぇー、根に持ってる……」


次は女の子と男の子だった。クリスティーネは話したことはない。記憶上、多分下級貴族のユティーナ・ヴリーネとシリウス・スティーネルだろう。確か、一部の中級貴族や上級貴族の成績を超えるほどの成績で、レトルートたちが褒めていた。

ユティーナがシリウスに焦って話しかけているのが目に入った。


「あぁっ、もう順番が回ってぇ……!」

「挨拶したい、と言ったのはユティーナだろう?」

「そうだけど、そうじゃなくて!」


ユティーナが涙目で葛藤する。シリウスが跪くと、ユティーナがつられて跪く。


……大丈夫かな?


「お初にお目にかかります、クリスティーネ様。貴族学院新二年生のユティーナと申します。以後、お見知り置きを」

「出会いを喜ばしく存じます。同じく新二年生のシリウスと申します。よろしくお願いいたします」

「どうぞよろしく、ユティーナ、シリウス。そういえば、お母様とお父様が二人の成績を褒めていらっしゃったわ」


二人はとても驚いて、目を見開く。二人で目を見合わせていた。


……仲、良いんだなぁ。


領主夫妻が特に血縁関係もない学生の成績を褒めるなんて、とても光栄なことだ。


「これからも頑張ってくださいまし。期待していますから」


ユティーナが嬉しそうにフワリと微笑んで俯く。


「ご期待に添えるよう、努力いたします、クリスティーネ様」



「ごきげんよう、クリスティーネ様」

「まぁ、マリーですわよね?それと……クロエ?」

「知っていてくださっているのですか?とても嬉しいです」


中級貴族のマリー・アコーレとクロエ・アコーレだ。貴族学院新二年生と九歳の姉妹らしい。でも、あまり似ていない。自信のあるマリーとオドオドとしたクロエは対照的だ。


「クリスティーネ様と今年から貴族学院で、共に学ぶことができるだなんて光栄ですわ」

「えぇ、わたくしも貴族学院で皆様と学べることをとても楽しみにしています」


こうして、春を祝う宴は終了した。

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