一章〈精霊使い〉

プロローグ 門出の日へ

キードゥル93年4月


明日は貴族学院始業前の春を祝う宴だ。

クリスティーネは少し緊張していた。


「おはよう存じます、クリスティーネ様」

「お、おはよう存じます、フィルオーナ」


それから、仮介添えのフィルオーナに着替えをさせてもらって、朝食を食べ始める。

もうそろそろ、フィルオーナともお別れだ。貴族学院に行くことになり、フィルオーナとの仮介添え契約も終了する。


……寂しくなるなぁ。


領主一族は貴族学院に成人側近は連れていけない。ちなみに、上級以下は申請をすれば可能だ。第一、フィルオーナはアイリスの側近であって、クリスティーネの仮介添えになっていたのはアイリスがクリスティーネに仮介添えとして付けたからだ。クリスティーネが勝手に奪うわけにはいかない。


「フィルオーナ、こういうものに緊張はしませんでしたか?」

「そうですね……緊張はしましたけれど、避けられるものではありませんもの。頑張って乗り切りましょう。それに、クリスティーネ様にはフィリアーネを任せます。フィリアーネをよろしくお願いしますわ」

「……そうね。ありがとう、頑張るわ」


……確かに、そう割り切るのも大切だわ。


フィルオーナは優しい。他のことに意識を向けることで、なんとか乗り切ろうとさせてくれる。クリスティーネのために考えてくれることが本当に嬉しい。

朝食が終わってしばらくすると、ノックがなり、ミカエルとリュードゥライナが入ってくる。

二人共、金髪がよく似た色合いなので、パッと見ただけで美男美女の兄妹と分かる。銀髪のわたくしは仲間はずれにされた気分だ。

ミカエルが心配そうな顔をして、コテリと首を傾げた。


「クリスティーネ、大丈夫?緊張しているのかい?」

「はい。こういう行事は少し苦手です」

「お姉様、大丈夫ですか?」


赤子だったリュードゥライナも、もう六歳だ。青紫色の瞳がこちらを心配そうに見ている。


……幼女、かわいい。


クリスティーネが自分より年下には甘いことも、妹だから贔屓にしているのも自覚は、している。


「えぇ、大丈夫。頑張るわ」

「お姉様、明日はわたくしもいますから、安心してくださいませ!」


リュードゥライナがクリスティーネを元気づけようと強く笑ってくれる。彼女は本当に優しい。

ちなみに、リュードゥライナは賢く、クリスティーネのような問題もなかったため、五歳の誕生日で社交デビューをした。なので、明日の春を祝う宴も参加することになっている。


「お姉様、制服のデザインはどうなったのですか?」

「あぁ、確かに気になるな。提案の段階は見たけれど、完成は見ていないからね」

「フィルオーナ、持ってきてくれる?」

「かしこまりました」


フィルオーナに制服のデザインが描かれた木札を持ってきてもらう。それを受け取り、ミカエルとリュードゥライナに見えるように机に置く。


「まぁ、お姉様にとても似合いそうなデザインですわね。清楚な感じですけれど、華やかさもあって……」

「凄いね。クリスティーネが来ているところを早く見てみたいな」

「ありがとう存じます。実はこれ、提案の段階から訂正したのはフィリアーネなんですよ」


そう言うと、二人は揃って目を見張る。


「フィリアーネにはセンスがありますわね。フィルオーナ、フィリアーネは裁縫科に向いているのではありませんか?」

「……本人は普通科を望んでいるのです。それに、クリスティーネ様の側近となる以上、お仕事も優先度が高いですから」

「なるほど。確かに、そうですわね。いい考えだとは思ったのですけれど……残念ですわ」


そうして、フィルオーナとフィリアーネの交代の時間になり、フィルオーナはお部屋を出ていった。

コンコンとノックの音がする。「失礼いたします」というフィリアーネの声だ。扉が開くと、やはりフィリアーネが入ってきた。


「フィリアーネ、ごきげんよう」

「ごきげんよう、皆様。お揃いでしたのね」

「何を持っているの、フィリアーネ?」

「お母様とわたくしからのプレゼントです。入学祝いですわ」


……プレゼント?


フィリアーネに青い箱を手渡される。「開けてもいい?」と聞くと、フィリアーネが頷く。クリスティーネは箱のリボンをほどいた。


「ピアス?いや、イヤリングかしら?」

「はい、中の宝石はわたくしが選んだんです」


中には青い宝石のイヤリングがあった。とても可愛らしい。

フィリアーネが得意げに笑った。

リュードゥライナが箱を覗き込むと、パッと顔を桃色に染める。


「まぁ!可愛らしいですね。やはり、フィリアーネはセンスがあります。お姉様、つけてみてくれませんか?」

「フィリアーネ、お願いできる?」

「かしこまりました」


フィリアーネが微笑んで、クリスティーネにイヤリングをつける。留め具以外が透明になっていて、ピアスにも見えて大人っぽい。


……凄いなぁ。かっこいいなぁ。


大人になる前に死んだから、大人には少しだけ憧れがあるのだ。


「おぉ、クリスティーネ。可愛いよ!」

「お姉様の雰囲気とも合っていてとても素敵ですねっ」

「とてもよくお似合いです、クリスティーネ様」


皆が口々に褒めてくれる。クリスティーネはじわじわと口角が上がっていくのを止められなかった。


「ありがとう、皆」


クリスティーネはとびきり可愛く笑った。


◇◆◇


「第二領女、クリスティーネ・ヒサミトラールの入場である!」


扉の奥で、大きな声が聞こえる。クリスティーネたちが最後の入場だ。

フィリアーネが元気づけるかのように微笑む。


「参りましょう、クリスティーネ様」

「えぇ!」


クリスティーネは大きく頷いて、大好きな側近を伴い、中に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る