番外編VI.フェルーネ・エミリエールは養妹を呪う
キードゥル82年9月
『フェルーネ、アイシェを、守っ、て、ね』
『お母様っ……!』
……お母様、わたくしは約束を、守れませんでした。
処刑直前のアイシェのヘラリと笑う顔が忘れられない。
……もう、誰にも会いたくない。
涙が出てきそうになるが、涙はもう枯れ、悲しさと喪失感だけが募っていく。
「フェルーネ様」
ゆっくりと振り返ると、ローゼットがいた。いつの間にか、お部屋に入ってきたみたいだ。ものすごく、心配そうな顔をしている。手には食事がトレーに乗っているのが分かった。
「ロー、ゼット」
「食事をいただきませんか?もう三日は何も口にされていらっしゃらない」
あまり動かない表情筋をムスッとした顔に動かすと、ローゼットは軽くため息をつく。
「フェルーネ、体に触るから」
ローゼットは従兄だ。年も近いから、親族の中でもローゼットとは身分を超えて仲が良い。アイシェとも仲良くなってくれて、本当にありがたい。
「最近は側近も中に入れていないそうじゃないか。側近から泣きつかれてしまったよ」
「……あの子たちも、わたくしの……意見に賛同、してくれては、いるけれど、ほんと、はアイシェのことを嫌って、いるじゃない。ローゼットしか味方はいない、じゃない」
ローゼットはわたくしを椅子に座らせ、スープをすくってわたくしの口に運ぶ。
熱すぎもせず、かといってぬるいわけでもないスープが口に広がる。あまり味は感じない。
「今夜はメディナ様の一周忌だけれど、夕食には欠席の連絡をいれておくよ」
「……お母様の?」
お部屋に閉じこもってから、時間の感覚がなかったようだ。
「……行くわ」
「え?」
「わたくしは……行かないと行けないわ」
◇◆◇
「あら、お養姉様(ねえさま)。最近はお休みでしたので、本日は欠席されるのかと思っておりましたけれど、いらしたのですね。お元気そうで何よりですわ」
ローゼットを伴い、食堂に行くと、マリナがニコリと微笑んでこちらを向く。
……相変わらず、演技がお上手ね?
そんなことを心のうちにとどめ、席に着く。
お母様のことを好んでいないこの家族も、体裁のために出席している。
……何かしら理由をつけて欠席すると考えていたけれど、意外だったわね。
「いただきます」
マリナ以外は基本黙って食事を口に運ぶ。
わたくしは相変わらず、味がしない。そんなことを考えるよりも、今は体が優雅に動くことの方が心配だ。ほとんど座って動いていなかった体は固まったようにきちんと動かない。
「そういえば、アリスフィーヌはどうなりましたか?」
マリナがお父様に話しかける。お父様はお兄様とマリナにしか興味がない。現に会話に参加しているのはその三人であり、わたくしとアランは参加していない。参加すると、冷ややかな視線を向けられるのは経験済みだ……アランが。
「アリスフィーヌか?あぁ、ヴィルマに育てさせている」
……アリスフィーヌって誰?
「……ヴィルマってヴィルマ・クルーズですか?ヤドハロートの母親ではありませんでしたか?」
「あぁ、そうだが?」
「お養姉様(ねえさま)の側近の母親でしょう。ヴィルマが計画に参加してくれるとは思えませんわ」
「側近には加えぬ。アリスフィーヌやヴィルマが懇願しようともな」
「なら安心ですね」
マリナは「お養父様とうさまはその点においては信用が大きいですもの」と笑う。アリスフィーヌのことも、計画のことも知らされていないわたくしたちは何も分からない。
アランは寂しそうな顔をしている。マリナは気づいてすらいないだろう。
……お母様のことを考えていたかったのに、マリナたちのせいで、何も考えられなかったわ。
皿の上はもう何もない。味のしない食事というものは本当に、何も感じない。
「わたくしはそろそろ失礼いたします」
そう言って立ち上がる。
正確には、立ち上がれなかった。足に力が入らず、ガクリと体が倒れたのだ。
「……っく」
……毒、だ。
咳。吐き気。吐血。痙攣。立ち眩み。頭痛。貧血のような感覚。体が壊れる。体が動かない。指先一つまでもがいうことを聞かない。
「お養姉様(ねえさま)っ!?」
マリナがすぐさま大袈裟のように声を上げ、ローゼットが駆け寄ってくる。
「フェルーネ!フェルーネ!」
お父様もお兄様もアランも驚く。お父様やお兄様はともかく、アランはこの計画に加担していないのだろう。
でも、ただ一人
口角を上げていたのは
マリナ・ドティフ・エミリエールだった。
……嘘つき。嘘つき。嫌い嫌い。利己的。嫌いなモノも都合の悪くなったモノも排除する女。死んじゃえ。魂まで、消滅してしまえ。アイシェの方が、もっと……もっと!!
どうか〈光の女神〉シャルフェールよ。〈輪廻の双子神〉よ。
わたくしが、
アイシェ・エミリエールとまた、
会えますように……。
◇◆◇
「貴女もアイシェも本当に面白いわ」
「この、フェルーネ・エミリエールの願いも叶えるつもりです?」
「えぇ」
「私たちのことも、頭の片隅にくらいは入れておいてほしいです」
「前のアレ、ホント大変だったんです」
「そうねぇ、考えといてあげます。……フェルーネ・エミリエール。貴女には、精霊として……」
見分けがつかぬほど似た全身真っ白の少女のような双子神はげんなりとし、金髪の最高神は水色の瞳を細めて、美しく笑っていた。
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