番外編II.従弟妹の変化 コリスリウト視点

キードゥル88年4月


「コリスリウト、今のクリスティーネ様は全くの別人だよ」

「どういうことですか、レンリトル兄上!エットルト兄上のおっしゃっていたこととは何なのですか?」


レンリトルは軽く苦笑すると、説明を始める。


「クリスティーネ様は約一か月前に変わったらしい」

「……どういうことですか」


ヒサミトラールが第二領女、クリスティーネ・ヒサミトラール。我儘で、傲慢で、強欲な子供。自身の美しさと身分を利用して好き勝手していた子供。それで恨みを買った数は少なくとも、深い傷を残している者もいる。


エットルトから見た今のクリスティーネは臆病で、努力家な子供。「捨てないで」と懇願するような子供だ。どんどん書類の字は美しくなっていくし、提出する時間も短くなっていく。それに毎日、運動のために外に出て、魔力の訓練をしているのだ。


「それ、本当の話なんですか?まだ六歳ですよね?書類仕事をやるには早すぎですよ」

「私が知るわけないだろう?」


そう言って、レンリトルはいつも通り穏やかに苦笑した。


◇◆◇


……あぁ、嫌だ。行きたくない。クリスティーネと会うだけでも憂鬱なのに。


今日はクリスティーネに招待され、城に行くのだ。レンリトルも一緒に。


……行きたくない。最悪の最悪だ。


断りたかったのは山々だったのだが、エットルトやマイナに強制されたのである。

エットルトもマイナもおかしい。クリスティーネが変わったことで、エットルトは「レトルート様の役に立つならばよいことだ」と珍しく笑っているし、マイナも「信用できそうだから。コリスリウトもちゃんと接してみればわかるわ」と楽観的だ。


……ここを開けたら、クリスティーネがいるのか。


憂鬱な気分になりながら、ノックをして、レンリトルが口を開く。


「失礼いたします。レンリトル、コリスリウトです」

「どうぞ」


中に入ると、クリスティーネと――ミカエルがいた。コリスリウトの目にはレンリトルは驚いていないように見える。騙されたと勝手に思い込んだ。


「なぜ其方がいる、ミカエル?」

「ここにいても問題ないでしょう、コリスリウト従兄上?」

「勝手にしろ」


……今まで、こんなことをする奴じゃなかったのに。


今までのミカエルはクリスティーネを徹底的に避けていた。お茶会への同席など、以ての外。

それなのに、そのミカエルが!こんな風にニコニコと笑ってクリスティーネの隣にいるなんて、おかしい。ミカエルもおかしくなってしまったのだろうか。

今はミカエルが周囲のことを何も考えず、避けられていたクリスティーネの方がこちらを見てオドオドしている。今までとは逆の構図だ。


……クリスティーネ……春を祝う宴のときとは、また違った雰囲気だ。


あの時は、優しいけれど、力強いというより芯のある、自信に満ち溢れた女性という感じだった。だが、今では人に怯える小さな子供だ。


「クリスティーネ様はなぜ、私たちを招待したのですか?」

「えっと、お母様とお父様が親族との交流が大事だとおっしゃってしましたので。イディエッテ、とリーゼロッテ。あと、レニローネとはもうお茶会しました」


……アイリス様の姪か。それにレニローネ……。


前領主夫人、ルネーメヌ・リエ・ヒサミトラールが亡くなってアイリスが領主夫人である今、ショミトール家はアレクサンド家と同じ領主一族の親族だ。あそこは、優秀な介添えが多い。長男であるジェラードがいらっしゃったのにもかかわらず、次女であるリュネールナが当主としてヒサミトラールに残ったのもそういう面があるのだろう。それに、娘であるイディエッテとリーゼロッテしかいないのも驚きだ。ああなったのならば、早期から養子をとるべきなのに、ショミトール家は未だに養子をとる気配はない。


「イディエッテは、武官を目指している、と聞いています。お二人は、イディエッテと戦ってみたことがありますか?」

「私は」

「どんな、感じでしたか?」

「イディエッテ嬢は……素早くて面倒に感じてしまうような相手です。強くなると思いますよ」

「イディエッテは、凄いのですね」


クリスティーネはキラキラと目を控え目に輝かせた。確かに尊敬の目がある。捻くれず、作ったものでもなく、純粋に。


「クリスティーネ、私のことは褒めてくれないのかい?」

「へっ……?お兄様、ですか?」


ミカエルがムゥと顔を膨らませて、不貞腐れる。

何なんだ。子供みたいな顔をする。貴族学院では見たことのないような顔だ。


……私たちは何を見せられてるんだ。


放っておくという選択肢はクリスティーネになかったようで、クリスティーネはまた口を開く。


「……では、何かお話してください」


ミカエルが何か話し、それをクリスティーネが褒める。それが何回か続いた。


……だから!私たちは何を見せられているんだ!!


「あ、二人には依頼があるんだ。聞いてくれるかい?」


よく分からないクリスティーネの褒め言葉が終わったとき、ミカエルがそう言った。


「え、お兄様、本当にアレをさせるんですか?嫌がられますって。主にわたくしが……」



「――二人には側近になってほしい」

「お兄様ぁ……」

「は?」


……こう言ってしまったのは、当たり前だと思う。仕方ないと思う。


「レンリトルは私の側近にしたい」

「……私は謹んでお受けします」

「コリスリウトはクリスティーネの側近になってほしい」

「……私が、か?」


あり得ない。私はその臆病な子供に散々嫌な態度をとっている。


「しょ、勝負して勝ったら、わたくしの側近になって、くれますか!」

「……何の?」

「もちろん、戦いです」


……は?


声に出さなかっただけコリスリウトは偉いだろうと自負する。声を出していないだけで、後ろにいる側近であるレオンや側近候補のフィリアーネも目を剝いている。ミカエルは優雅にお茶を飲んでいるので、先に聞いていたんだろう。


「正気か?」

「はい」


……なぜ、そこまでして、私を望む?


「ミカエルはそれで良いのか?」

「クリスティーネは強いからね。条件次第では君にも勝てる」


ミカエルはお茶会を見ていた目線だけを上にあげてコリスリウトを見る。黄緑の瞳には、挑発の色があった。


……それなら、挑発に乗って差し上げよう。


「いいだろう。やってやる」


◇◆◇


「これは?」

「疑似の杖。杖に似せた偽物だよ。剣や弓への変形はできないけれど、魔力放出は杖と同等の代物だ」


ミカエルがもっているのは杖だ。先端にはシンプルな魔石が嵌められている。


「へぇ、こんなのがあるんだ。ミカエル、これをクリスティーネに持たせるってこと?」

「あぁ、流石にこれくらいないと、コリスリウトには勝てないからね」


ミカエルがクリスティーネに杖を手渡す。


「コリスリウトは、シュティフォーロは禁止ね?」

「それくらいは分かっている」

「良かった」

「それじゃあ、始めるよ」



「クリスティーネ・ヒサミトラール対コリスリウト・アレクサンド」



「始めっ!!」




……私は容赦する気はない。


こんな小柄な子供相手に大人げないが、コリスリウトがやるときは基本、本気だ。


「フォーマカードゥ」


コリスリウトが詠唱すると、火が直線で飛んでいく。クリスティーネは「ヴォラーレル」と唱え、軽くフワリと飛んで、避ける。


……風の属性を持っている可能性があるな。ミカエルも持っているがあれはルネーメヌ様から遺伝したものだ。そして、領主の魔力は水。遺伝している可能性は大いにあり得る。火属性は水属性に対して不利だ。焦らず、慎重にいこう。


「カルス・フォーマカードゥ」


大量の火が飛んでいく。クリスティーネは避けることから防御に切り替え、「マジェディ」と唱え、防御魔法を小さく作り、飛んできた火に対応する。


「コリスリウト、もしかして貴方の魔力は火だけですか?」

「そうだな」

「……」


そう答えると、クリスティーネは黙る。

それから、ふわりと笑って、口を開いた。


「それなら……とても楽に戦えそうです」


背筋がゾッとした。こんな小さな子供に。


……早めに決着をつけた方が良さそうだ。


「ヴェンデエーゼ・クリスティーネ」


ずっと低飛行していたクリスティーネの体がストンと重力に従って落ちる。透明な縄だ。クリスティーネは目を丸くした。


「容赦ないね、コリスリウト」


そんなレンリトルの声が聞こえるが、知らない。コリスリウトに容赦する気はない。


「シャル・フォーマカードゥ」


膨大な火がクリスティーネに向かっていく。もう数秒でクリスティーネに当たるか、というとき。

水がクリスティーネを覆った。


「カルス・マーギッシュカフ」


水も火も消えた後、クリスティーネがそう唱える。透明な縄を小さな白い刃で切ったのだ。


「……」


クリスティーネは無言でこちらに杖を向ける。

コリスリウトは動き回りやすいように浮いた。


「ヴォラーレル」


こちらを向いていた杖がゆっくりと空を向く。

艶のある唇が動いた。


「ドゥルーエノ」


ドーンッッ!!


真上の真っ黒な雲から雷が、直撃した。


◇◆◇


「だ、大丈夫、ですか、コリスリウト?」

「……」


コリスリウトが目を覚ますと、目の前には銀髪の幼女がいた。後ろにはミカエルとレンリトルもいる。数十分ほど、眠っていたのだ。


「勝敗は?」

「もちろん、クリスティーネの勝ちだよ」

「で、ですから、このような状況下で何なのですが、わたくしの側近になってくれますかっ?」


……勝敗はもう決まったのだから、もう私に決定権など、ないというのに。


「……えぇ、我が主」


……我が主――クリスティーネ・ヒサミトラールはフワリと微笑んだ。

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