エピローグ 異母兄の旅立ち

キードゥル88年4月


「ふぁっ……」


今日はミカエルが貴族学院に出発する日である。昼から出発するそうだ。


……昨日少し夜更かししたからか、欠伸ばかりしている気がするなぁ。


クリスティーネは、ふと机を見ると、魔石があることに気づく。

大きくて高級な魔石だ。いつ頃置かれたのだろうか。


「フィリアーネ、その魔石は?」

「ミカエル様からです。最高級の魔石だそうです」

「えっ……」


……そんなものをくださるなんてっ……。


ミカエルには何か返さないといけない。

何か返すものがあるだろうか。


「あ、あれならお返しになるかしら?」

「何か作るんですか?」

「えぇ。フィリアーネ、少し手伝ってくれる?」


クリスティーネは笑う。

フィリアーネは少し驚いた様子だ。よく分かっていなさそうだが、頷いてはくれたので良しとしよう。


◇◆◇


「そろそろミカエル様の出発ですよ、クリスティーネ様。急がなくては」

「えぇっ」


クリスティーネたちは城の玄関まで急ぐ。

もうすでに、全員が揃っている。


「クリスティーネ!遅いじゃない。遅れるのかとひやひやしたわ。心配かけさせないでね」

「申し訳、ありません」

「間に合ったからいいわ」


アイリスが心配してくれる。家族の愛情というものは凄い。


「じゃあ、リュードゥライナを頼むね、クリスティーネ」

「はい、お兄様。貴族学院でも頑張ってくださいませ」


ミカエルは貴族学院の制服に、ヒサミトラールの象徴する青緑色のローブを身に纏っている。

それだけで少し大人になったように見える。


「アイリス母上も父上もお元気で」

「えぇ、ミカエルもね」


……お兄様はお母様のことを母と呼ぶようになったのよね。


十歳を機に、ミカエルとアイリスは更に仲良くなった気がする。とてもいいことだ。

貴族たちの目にもミカエルとアイリスが尊重し合っているのが分かるので、次期領主の対立を大きくする貴族は減るだろう。

ミカエルが次期領主なのはクリスティーネが生まれる少し前くらいには決定していたこともあるのだし。


「お兄様っ」

「なんだい?」


優しい顔で、軽く首を傾げる。いつものミカエルだ。


「これを……」


クリスティーネはミカエルの手に布の包みを置いて、差し出した。


「これは?」


ミカエルの「開けてもいい?」という声に頷き、開けてもらう。


「これは……お守り?」

「はい。全ての加護を付与してますっ」


ローブを止めるためのブローチに付けられるようにした魔石には全ての加護を付与している。魔石に魔力に込めるのと、付与するのとはまた別物だ。


アイリスに渡した花束と似ている。でも、あのときは光のみの付与だった。けれど、ミカエルに渡した魔石は全属性。分ける手間がなくて楽だった。


「あらまぁ、随分と豪華ね」


アイリスが口を挟む。ミカエルは俯いたままで、表情はよくわからない。陰であまりよく見えないのだ。


「ありがとう……凄く、嬉しい」


ミカエルは顔をあげ、感謝の言葉を紡ぐ。見たことのない表情だ。恍惚とした表情に近いだろうか。


「ど、どういたしましてっ」

「本当にありがとう、貴族学院でも頑張るよ」


ミカエルがクリスティーネの頭を軽く撫でる。


……前世含めても初めてだ、そんな風に優しく撫でられたのは。


優しくて、暖かくて、強い手。


「いってらっしゃいませ、お兄様っ」

「行ってきます、皆」


ミカエルは笑顔で手を振り、ローブを翻す。優雅に、それでも力強く歩く。

クリスティーネは馬車が見えなくなるまで手を振った。


クリスティーネ・ヒサミトラールとなって、初めての兄との別れである。


「お兄様に〈導きの女神〉フィリーヌの良きご加護がございますように」


◇◆◇


「えぇ。フィリアーネ、少し手伝ってくれる?」


クリスティーネは笑う。

フィリアーネは少し驚いた様子だ。よく分かっていなさそうだが、頷いてはくれたので良しとしよう。


まずは魔石を変形させるところからだ。ただの魔石だと、身に着けるのは難しい。


……魔石の変形には、詠唱がいる。〈芸術の女神〉の。


ただの石ならば、専用の工具でないと変形はできないが、魔石は魔力を用いればできる。工具を持たず、時間もない。ついでに力もない。これはありがたい。


「〈芸術の女神〉ティーエルカよ。ヒサミトラールの第二領女、クリスティーネ・ヒサミトラールの名に答え、我が魔石に力を与えよ」


……想像。


頭の中で思い描いた形に変形するのだ。それはいいことかもしれないが、精密な想像力がいる。一秒でも魔力を流すのをやめたら、変形は止まってしまう。

描け。描け。描け描け描け描け描け。想像しろ。


……できたっ!


思っていた通りの形。一発で成功して良かった。


「わぁ、凄いですね。グニャグニャって動いてて不気味でした」


……おっしゃる通りです。


変形中の魔石は不気味にグニャグニャと動くのだ。さも命が宿って、意思があるかのように。


「あとは、付与かな」


何の付与がいいだろうか。〈知識の女神〉にするなら、光。ミカエルは戦いも得意らしいから、〈戦闘の神〉や〈精鋭の神〉で、風もいいかもしれない。


「あ、お母……いえ、フィルオーナに聞きました!クリスティーネ様は以前、アイリス様に光の付与をしたお花を送ったんですよね?」

「えぇ、そうね」

「折角だったら、全属性が見てみたいです!」

「へ?」


全属性となると、八の神とそれらそれぞれに仕える四人の神を全て詠唱しなければならない。


「駄目、ですか?流石に難しいですよねっ。無理なお願いをして申し訳ありません」


……そんなことを言われては仕方ない。


「やりましょう、全属性の付与」


この世界で、全属性の加護など価値が高い。一般のダイヤモンド等、ただの鉱石とは比べ物にはならないほどの価値だ。下手をすれば、中央部に屋敷を二件買える。


だが、まぁこの幼い少女たちは知る由もないのだが。


「〈八大の神々〉よ。ヒサミトラールの第二領女、クリスティーネ・ヒサミトラールの名に答え、我が親愛なる者へギフトを届けよ。〈光の女神〉シャルフェール、〈治癒の女神〉スティオレーナ、〈知識の女神〉メルネティアンネ、〈美の女神〉ルーティアン、〈時の女神〉ティンカ、〈闇の神〉ディードジェスタ、〈夜の神〉スティアドット―――」


「クリスティーネ様が渋る理由がよぉおおく分かりました。見せてくださってありがとう存じます」


フィリアーネがすごぉおおく申し訳なさそうにそう言った。

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