VIII.仮介添えの娘

キードゥル88年4月


「クリスティーネ様、娘を迎えに行って参りますわ」

「えぇ、いってらっしゃいませ」


今日はフィルオーナの娘――フィリアーネ・シェジョルナと会うことになっている。

フィルオーナがフィリアーネを迎えに行っている間に文字の練習をする。


……あら、遅くないかしら?


すでに時計を見上げると、数十分が経過している。あまりにも遅い。


「迎えに行ってみようかな」


城の一階まで降りると、介添えたちが忙しく動き回っているのがわかる。明日は春を祝う宴だ。そして、学生の新入・進級を祝う日でもある。その準備なのだろう。

その様子を見ながら、庭に出てみた。風にのって、魔木であるチュエリーのピンクの花びらが舞う。

散歩をしていると、女の子の泣き声が聞こえた。幼くて高い声だ。


「……や、やだぁっ!誰かぁ、た、助けてぇ……!!」


声が近づき、姿が見えた。金髪に若葉色の瞳。同い年くらいだろうか。

その女の子の前には魔獣がいた。ウォーガンだ。この個体の大きさは小さめだが、ウォーガンの殺傷能力は非常に高い。魔法より物理が得意で、爪や牙が鋭いのだ。


「……っ!」


ウォーガンから女の子を守るように立つと、ウォーガンは標的を目の前のクリスティーネに変えたようだ。魔力が多い人間


「グァアッ!!」


足の鋭い足を振りかざして攻撃をしようとするウォーガン。


……イチか、バチか!


「マジェディ!」


杖なしでの防御魔法。杖がなければ、どれだけ魔法を使うのが不適切なのか。一度、杖を持ったことのある者は知っていることだ。例えば、百の魔力を出したとして、杖を使えばほぼ全て百に近い数字の魔力が実際に使えるが、杖なしではそうもいかない。十に届くかどうか、というレベルだ。


「あっ……でき、た」


防御魔法の魔法陣は手のひらサイズながらも、完璧にウォーガンの攻撃を防いでいた。

そんなことを考えている間にも、また攻撃してくる。何回か、攻撃されて防御するを繰り返す。


……わたくしでは、埒が明かない。


助けを呼ぶ。今なら、誰かが助けてくれる。アイシェじゃなく、クリスティーネならば。


「いって」


手を空高く伸ばして大きく魔力を打ち出す。いろいろあるが、何かしらの合図に使うものだ。

すると、何人かの武官が驚いた様子でやってきた。


「子供!?こんなところで何をしているのだ!?」

「おい!ウォーガンだ。それが先!」

「はっ!」


武官たちによって、あっさりウォーガンが倒されて一息つく。クリスティーネは武官たちにお礼を言っておいた。


……あの頃ならば、誰も来てくれなかっただろう。わたくしは、助けを求めることすら、しなかっただろう。


「助けていただいて、ありがとう存じます」

「それより、こんなところで、何をしている?見たところ、社交デビューもまだの年に見えるが」

「……」


……この体が小さいことは認めます。ですが!!その言い方は何だと思います。


「おい、其方、もしかしてだが、この方が誰だか分かっていないのではあるまいな?第二領女のクリスティーネ・ヒサミトラール様だぞ」

「え!?はっ!?」


上司らしき武官にクリスティーネのことを聞いた部下の武官がそれはそれは大層驚いた顔をした。

その人のことは放っておいて、後ろでクリスティーネの衣装の袖を掴んでいる金髪の女の子に視線を向ける。


……意外と身長高いなぁ。


よく見ると、女の子の方が背が高かった。先程は猫背になっていただけらしい。やっぱり、クリスティーネは小さい。


「何事ですか!?」


名前を聞こうとしたら、騒ぎを聞きつけてやってきた人たちが大騒ぎしだす。その中にフィルオーナを見つけた。


「フィルオーナ!」

「クリスティーネ様……にフィリアーネも!」


フィルオーナが人混みを掻き分けて、クリスティーネたちの方にやってくる。


「お母、様……」

「フィリアーネ、どこに行っていたの!レオンと一緒に来るように言っていたでしょう?」

「お、お兄様とは、はぐれちゃって……」

「もう、心配かけさせないで」


最初は怒っていたものの、最後には母親の優しい顔に戻るフィルオーナ。


……凄いなぁ。


「ところで、クリスティーネ様?」

「ふぇ!?」


優しい顔だったのに冷ややかな笑顔になってしまったフィルオーナが矛先をクリスティーネに向ける。


「やることリストを決めたときにわたくしは言いましたよね?一人で外を歩かないとうに、と」

「申し訳ございませんっ!!」


全力でバッと頭を下げる。フィルオーナが呆れたように「分かればいいのです。次はしないように」と言う。

フィルオーナの怒声で注目を集めてしまったので、クリスティーネたちは自室に場所を移した。フィリアーネの挨拶が始まる。


「クリスティーネ様、この子がわたくしの娘です。フィリアーネ、挨拶を」

「はい、お母様」


フィリアーネはそう言って跪くと、はきはきと声を出す。


「えっと……出会いを喜ばしく存じます。側近候補に抜擢された、フィリアーネ・シェジョルナです。よろしくお願いいたします。えっと、さっきは助けてくれてありがとうございました」


フィリアーネが挨拶をして立ち上がると、フィルオーナを見上げる。


「三点減点」

「あぅ……」

「さっきは、ではなく先程は。助けてくれて、ではなく助けてくださって。ありがとうございました、ではなくありがとう存じます」

「はぁい」


フィリアーネがしゅんと落ち込む。


「フィリアーネ、わたくしはクリスティーネ・ヒサミトラールです。これから、よろしくお願いします」

「はいっ!」


挨拶を返すと、本当に嬉しそうな顔を向けてくれる。


「フィルオーナ、そこまで厳しくする必要はないと思いますよ。フィリアーネはとても十分にできているから」


……アランと比べたら……ね?


アランと比べるなど、フィリアーネに失礼だ。失礼が過ぎる。


「……今回はクリスティーネ様に免じて、合格といたしましょう。……よく頑張りました、フィリアーネ」

「ありがとう存じます!お母様、クリスティーネ様」

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