VII.兄の答え合わせ
キードゥル88年4月
クリスティーネになってから数週間。もうすぐミカエルが貴族学院に行くことになる。
クリスティーネは相変わらず、日課をできるだけ欠かさずこなしていた。
4月になったら、社交界にでることが決まったので、それまで頑張るつもりだ。最近、少しずつだけれど、体力もついて、魔力の扱いにも体が慣れてきた気がする。気のせいかもしれないけれど。でも、文字の練習に関しては著しく成長していると思う。
書類仕事も少しだけ手伝っている。レトルートに「お父様」呼びを許可されたのが進展だと言える。
これから森に行く。昨日は雨が降っていたけれど、今日は快晴だ。
運動は歩くだけで息切れしていたことから考えると、凄く成長している。最近はジョギングをするようになった。
今日も頑張って走って、休憩に庭の一角にあるテーブルに座る。
「フゥー」
「お疲れ様です、クリスティーネ様」
フィルオーナに水筒を貰って、一息つく。
しばらくして、足音が聞こえてきた。
「やぁ、おはよう、クリスティーネ。今日も精が出るね」
「おはよう存じます、ミカエル様」
ミカエルはニコリと微笑んでそう言った。今日はレックスではなく、男の子二人の側近を連れてやってきている。それから、目の前にあった席に座った。転生した日以降、クリスティーネに対してほとんど接触もなかったので、少し驚く。
「本日のお付きはレックスではないのですね」
「うん、もうすぐ入学だからね」
「……」
「……」
会話が続かない。
沈黙が流れ、少し笑みを深めると、ミカエルは二つの魔法石を取り出した。赤い魔法石と青い魔法石。
……盗聴防止用の魔法石。
他人に聞かれたくない話をするときに使う魔法石だ。元々は結界として使われていた。今も魔力を流せばほんの少し結界として機能する。
「どうぞ。握って」
「……」
ミカエルに差し出された青い魔法石を無言で握ると、魔力が抜けていく感覚がする。周りには紫色で半透明の薄い薄い結界が出来上がった。
「わたくしに、何のお話ですか?」
「……私も、もうすぐ貴族学院に入学。それまでに、話したいことがあってね。いや、話したいこと、というのは少し違うかな。騙して、騙されて――騙し合っているのは嫌だからね。……答え合わせがしたい」
……どういうこと?騙すって、誰が、誰を?話の筋が理解できない。
「君、転生者でしょ」
クリスティーネの肩がビクッと跳ねる。心臓の音がうるさくなってきて、クリスティーネはミカエルと目を合わせることを拒むように視線を落とす。
ミカエルはそんなわたくしを見て、確信したかのようにニッコリと笑う。
アイシェ・エミリエールは交渉が苦手だった。まず、交渉の場についたことすらない。おまけに、表情を隠すことをあまり覚えていないので、顔にでるタイプである。
「私はね、意外と、転生って信じるタイプなんだ」
「……転生はっ、神の、御業です。人間にできる、ことじゃない」
「ふぅん?……でも、私はお告げがあったから知っているんだけど」
できるだけ、しらばっくれることにした。次に何を言われるのか考えるのに必死で、ミカエルが小声で言った言葉は、クリスティーネの耳には届かない。
転生。それは大昔、世界に人間が出来始めた頃に〈光の女神〉シャルフェールがなったのだ。光のなくなった世界に〈光の女神〉が転生したことで、また光を取り戻す。簡単に言うと、そんな話。
「でも、君は父上やアイリス様を知っていた。フィルオーナやレックス、私のことは分らなかったのに。それに、アイリス様の言う通り、人格だなんて、そう簡単に変わるものではないし。……死んだところで、その人間の本質は変わらない」
「……」
「君は、一体どこの誰?いつ、死んだの?」
……核心にまで辿り着いている。もう、しらばっくれるのは難しいわね。
「……ミカエル様はわたくしが大罪人だったとしたら、わたくしをどうなさいますか?」
「今の君にそれをする気はある?ないでしょ。だったら、何の問題もないと思う。前の体が起こしたことであって、クリスティーネがやったことじゃない。それは、話さない限り、君と私だけが知るところとなる」
「……アイシェ」
「……え?」
驚いたようにミカエルが声を上げる。ミカエルと視線を合わせるために、視線を上に上げた。
「アイシェ・エミリエール。エミリエールの第三領女。黒髪に血に染まった瞳の〈呪われた子〉。それが、わたくしの前世、です」
「大罪人っていうのはそういうこと?」
言葉を濁したまま、ミカエルがそう言う。
……そういう配慮はありがたいわ。ミカエル様はお優しい心を持っていらっしゃる。
クリスティーネはコクリと頷く。
「これで、答え合わせは終わったね。予想は大体合ってた」
「予想って、どんな予想だったんですか?」
「えーと、それなりに高位の貴族っていうのと、ヒサミトラール以外の貴族ってところかな」
……大体どころか、全てに当てはまっているのでは?
「……あの、では、騙すっていうのはどういうことですか?」
「あぁ、私も騙していたのに、クリスティーネのことだけを暴くのは不公平だと思って」
……それって、つまり……。
「私は、リック・オルコット」
オルコット、という領地は存在しない……ということは上級貴族以下。
「イダニアの中級文官。ちなみに十二歳だったよ」
「え」
……わたくしより年下ではありませんか!絶対、年上かと……。
「あまり前世のことを深掘りする気はないんだけど、クリスティーネは何歳だったの?気になる」
「えっと、十四です、ね」
「年上かっ」
涙を流すほどに笑うミカエル様。それが、クリスティーネの目には小さな少年に見えた。
今まで、どこか大人びていて不思議な感覚があったけれど、今までちゃんと領主の息子として努力してきて、頑張ってきた努力からなんだ。
「……お兄様って、呼んでもいいですか」
「……精神年齢的に年下だけどいいの?」
「全く問題ありません」
「そっか」
クリスティーネが即答すると、ミカエルは嬉しそうにフワリと笑った。
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