第6話 神席への道(6)
「はあ? なんだそれ。流行りのマンガかなにかか?」
『ですよねぇ』
冬馬くんが用意してくれたふかふかのクッションに座り、弟くんもとい、迅くんに今までの経緯を説明する。
私の目の前に向かい合うようにして片膝を立てて座った迅くんは、ソファにもたれかかって少々行儀悪く私の話を聞いていた。
冬馬くんは迅くんに風呂に入ってこいと言われて渋々お風呂に向かったので、今は幾分かリラックスして状況を説明できている。
『というかなんであなたには私の言葉が分かるんですか? 今まで他の誰にも話が通じなかったのに』
猫に変わって最初の方は人に助けを求めようとしたが、全く話が通じなくて早々に諦めたのである。
「俺、霊感があるんだよ。今のあんたは人間でもなくて猫でもない。分類的には妖怪だから霊感のある奴にだけ話が通じるんじゃねぇ?」
『…………』
今度は向こうが突然ファンタジーなことを言い始めて、なんと返すべきかと迷った。
『……流行りのマンガか何かですか?』
「オメーが言うな」
人差し指で眉間を軽く小突かれた。
ひどい。私がさっき言われたことそのまま返しただけなのに。
「ちなみに兄貴は霊感とかそういうのには全く無縁のゼロ感だ。なのに、厄介ごとの吸引体質で、廊下にいた奴やあんたみたいな妙なものをよく引っ付けて帰ってくる」
幽霊とひとくくりにされて妙なもの呼ばわりされて誠に遺憾だが、お世話になっている今、反論する余地もないので黙って話を聞く。
「兄貴、人前に出る仕事してんだけどさ」
「よく存じております……」
思わず反射で相槌を入れてしまい、ハッとする。
予想通り、迅くんは眉間に深いシワを刻んだ険しい表情でこちらを見据えていた。
「……もしかしてお前、兄貴のファンか」
「…………」
否定も肯定もできずに黙り込むしかなかった。
しかし、沈黙は是と見做されてしまったようで、ぐわし! とまたしても首根っこを力強く掴まれてしまう。
『にゃー!!!!??』
「やっぱり妙な奴どころかヤバいオタクじゃねぇか! どーせ妙な呪詛使って猫になって兄貴に近付こうとしたんだろ! とんだ変態女だな!?」
『違います違います違います!! 信じてもらえないかもしれないですけど本当全部偶然なんですってば!! 信じてください!! 私がキモオタなのは真実ですが、草葉の影から見守りたい系のキモオタです!!』
迅くんがどたどたと私の首元を掴んだまま玄関に向かうので、なんとか必死に説明する。
いろんな意味で窮地だが、私にとって迅くんの存在はこの状況を打開する救世主だ。
意思疎通のできる人間、しかも霊感があって、こういう変なことに対しての耐性もあるとお見受けする。
少なくとも、ネットが使えない今の私よりは知識をお持ちだ。(ネットが使えたら多少は太刀打ちできると思いたい)
この機会を逃せば私は自力で当てた神席に座ることもできず、このまま一生猫の姿で野垂れ死ぬしかなくなってしまう。
そんなの絶対に嫌だ。何がなんでも人間に戻って神席に座ってやる。
私の必死さが伝わったのか、良心が咎めたのか、はたまた猫の容姿が功を奏したのかは分からないが、迅くんは苦々しそうな表情を浮かべて私を廊下に下ろして再び向き合う。
ヤンキー座りが板につきすぎて怖い。コンビニの前にいたら絶対コンビニに入れない。
「……俺が納得できる説明してみろ。できなかったら外に放り出す」
変な奴だと分かりながらもきちんとこちらの話にも耳を傾ける。
ガラの悪そうな見た目に反して、根っこの部分は良い子らしい。
そんなこと言おうものならそれこそ放り出されそうなので黙っているけれど。
ここで見放されるわけにはいかないので、こちらも必死にこれまでの時系列をなるべく分かりやすく、いかに私がひどい目に遭ったのかを力説する。
『もう私本当悔しくて悔しくて……!! 最前列のドセンターですよ!? 前世でどんだけ善行を積んだとしても無理じゃないですか! そんな人様の神席チケットを盗るとかどういう神経してるんですかね!? もうこれ以降あんな人にチケット当てないで欲しいんですけど!! ていうかバチあたれ!! 盛大に!!』
起こったことを話しているうちにこの理不尽で意味不明な状況に対する怒りがふつふつとわき上がってきて、途中から怒りを吐き出していた。
「…………」
なんだか空気が冷たいなと、ふと我に返った瞬間に、目の前に座っている迅くんの存在を思い出した。
最初はヤンキー座りをしていたはずが、いつのまにか床にあぐらをかいて頬杖をつき、こちらをぼんやりと見下ろしている。
『あの、すみません……途中で怒りの記憶まで掘り起こしちゃって……』
だめだ。これはもう放り出される。
普通に考えてこんなキモオタと大切なお兄ちゃんを近付けるはずがない。私が彼の立場だったらそうする。
「…………いや、話聞いてるとなんか俺もイライラしてきたわ」
『は?』
予想外の言葉に間抜けな声が漏れた。
「だってよ、Seven Seasのライブチケットなんて今や取るだけでも大変なのに、最前列のドセンター席なんて夢のまた夢だろ。地道に応募して、たまに神に祈って、どんな席が当たるのかの心労に耐え抜いて取ったチケットなのに、それを横から掠め取るなんて……許せねぇ」
迅くんは凶悪顔でギリギリと歯軋りしている。
あれ? 意外と風向きがこちら向き?
親族だからか、チケットのことについてもよくご存知でいらっしゃる。
「だが、それはそれ、これはこれだ」
『デスヨネー……』
期待していた自分が恥ずかしい。
まぁ、久しぶりにちゃんとしたご飯(キャットフードだけど)を頂けて、あたたかい寝床で眠れた(めちゃくちゃ散らかって眩しかったけど)、それだけでも御の字とすべきだろう。
『大変お世話になりました』
ぺこりと頭を下げて玄関に向かって足を踏み出そうとすると、また首根っこを掴まれた。
「待て待て待て。早まんな」
ひょいと持ち上げられて顔の前に持ち上げられる。
「兄貴に妙なのを近付ける訳にはいかねぇし、このまま放り出そうと思ったが、やめだ。あんたそこまで悪いものでもなさそうだしな」
すごくどうでも良さそうに言われて、このまま変な所に売り飛ばされるのではないかとちらりと思った。
「放り出して野垂れ死なれたら目覚めが悪い。元の体に戻るまでうちで飼ってやる」
『えええええ……』
当初私が望んだ展開にはなったが、なんだか嫌な予感がする。
「その代わり、あんたにはここで兄貴が連れ込む霊を対処してもらう」
至極真面目な顔で迅くんが言う。
『いやいやいや、無理ですって。私平々凡々のしがないOLですよ。そんな陰陽師やゴーストバスターズみたいなことできませんって』
「安心しろ。今は人の言葉を理解する立派な化け猫だ」
『…………』
事実を突きつけられて、グゥの音も出ない。
「さすがに除霊や退魔はできないだろうが、番犬……番猫? くらいにはなれんだろ。最近大学やらバイトやらで俺だけじゃ手が回んねぇことが多くてよ。助手というか式神的なの欲しかったんだよな」
にやりと迅くんが凶悪に笑って、思わず背筋がぶるりと震えた。
「えー! 迅くんその子飼ってもいいのー!?」
風呂上がりのホカホカの冬馬くんが声を上げた。もこもこの生地の猫耳がついたあざといパジャマを着ている。あんなあざといパジャマを着る生物がこの世に実在するのだと目の当たりにして驚いた。
少なくとも私の周りにはいない。私の周りにはドルオタ以外にもさまざまなオタクが生存していたので、入学した覚えも卒業した覚えもない架空の高校のジャージや、成人女性が外で着ることを憚られるようなデザインのTシャツをパジャマとする者が多いのである。
「おう」
迅くんはソファに寝そべってお煎餅をボリボリと齧りながら、適当に返事をしていた。
荒れ果てた部屋を今完全に綺麗することを諦めた迅くんは、とりあえずソファの周りだけを整理してくつろいでいる。
私は迅くんの足元でお座りをしていたが、風呂上がりの推しの姿が眩しくてピャッとソファの下に避難する。
「ああ……隠れちゃった……」
残念そうにソファの下を覗き込んでくる冬馬くんには悪いが、オタクは供給が少なすぎても死んでしまうし、多すぎても死んでしまう厄介な生き物である。
「あんまり構いすぎると嫌われんぞ」
ソファの上から助け舟のような助言が飛んでくるが、私がバカにされている気がするのは決して気のせいではないと思う。
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