夕凪燕 短編集 ー 「終焉を鍛える者」

夕凪燕

第1話 「死と転生」

俺の死は、誰にも気づかれなかった。


深夜、工場の片隅で倒れた俺の身体は、翌朝の交代まで発見されることはなかったらしい。

倒れる瞬間、視界が暗くなっていく中で思ったのは「誰も来てくれない」ということだった。

結婚もせず、友人とも疎遠。仕事一筋で生きてきた結果、残ったのは孤独と、油と鉄の臭いに染まった人生だった。


やがて意識が途切れた——はずだった。

次に目を開けたとき、俺は見知らぬ森の雪原に横たわっていた。

吐く息は白く、空は灰色に曇り、しんと静まり返っている。耳に届くのは風が木々を揺らす音だけだ。


「……夢か?」

自分の声が妙に若い。凍った湖面に映ったのは、三十代を過ぎた疲れ顔ではなく、十代の頃に近い張りのある面影だった。

手を握ると、力が漲っているのがわかる。だが服装は見慣れない麻布の衣で、ポケットも財布もない。


森を抜けると、小さな村が現れた。丸太を積んだ家々から煙が上がり、人々は重い毛皮をまとっている。俺の姿を見て驚いたのか、老人が杖をつきながら近づいてきた。


「おお……ついに、神が遣わした鍛冶師様が!」

「……え?」


老人は迷いなく俺の手を取ると、村の奥へと案内した。

辿り着いたのは立派な石造りの小屋だった。中に入ると、そこには見事な炉と工具が揃えられている。

鉄槌、やっとこ、火ばさみ……すべてが懐かしい。俺が生前扱っていたものと形は違うが、本質は同じだった。


「前の鍛冶師が亡くなり、村は困っておりました。どうか、再び鉄を打ち、我らを救ってください」


俺は思わず手に取った鉄槌の重みを確かめた。ずしりとした感覚は心地よく、工場で過ごした年月が蘇る。

思えば、俺の人生で唯一誇れたのは「鉄を打つ音」だった。

孤独の果てに死んだ俺に、この世界はもう一度、火花を散らす機会を与えてくれたのだろうか。


試しに炉へ火を入れると、赤々と炎が立ち上がり、熱が頬を焼いた。

その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。懐かしさと同時に、新しい力が目覚めるような感覚。

炉の火はただの熱ではなく、俺を選んだ意思のように感じられた。


「……やれる。いや、やるしかない」


俺は鉄槌を振り下ろした。カァン! と澄んだ音が小屋に響き渡り、雪深い外の静寂を切り裂く。

打つたびに心臓が強く脈打ち、死に絶えていたはずの鼓動が、再び生きることを告げていた。


異世界での俺の新しい人生が、灰色の冬の中で始まろうとしていた。


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