十八睡目 学祭と睡眠と(3)
「よーし! じゃあ今日は、昨日決まった“休憩スペース”のために、班分けをしまーす!」
翌日、放課後の教室に、学級委員長の声が明るく響く。
窓の外では初夏の陽射しがきらめき、遠くで運動部の掛け声が聞こえていた。教室の中はというと、文化祭に向けた熱気で、まるで少し早めの夏祭りみたいにわいわいとにぎわっている。
「装飾班、家具班、広報班、接客班……あと看板作りとかも必要だよね。」
みんなの意見を聞きながら黒板にチョークが走るたびに、文字がひとつずつ増えていく。
「おー、班いっぱいある!」
「でもこれくらいないと回んないよな」
「接客って……お客さんにお茶出すの? それとも寝かせるだけ?」
「寝かせるだけってなに?」
笑いがはじけて、教室全体が柔らかな空気に包まれる。
私はというと、黒板に書かれていく役割を見つめながら、机の上で指先をきゅっと組んでいた。
……どうしよう。どこに入ればいいんだろう。
工作はそんなに得意じゃないし、接客も自信ない。広報なんて、人前で声を出すなんて絶対に無理だ。一瞬会話に混ざれても、どうしたってうっすらと壁を感じ始めた。
心臓がどきどきと高鳴り、思わず横の席の鳴古に目を向ける。
彼女は――やっぱり机に突っ伏していた。
先日の注目を忘れてしまったかの様にすうすうと穏やかな寝息を立てているように見えるけど、きっと耳だけはみんなの声を拾っている。長いまつげが頬に影を落として、まるで人形みたいにきれいだ。
「ねえ鳴古、どこ入りたい?」
思い切って声をかけると、彼女はのろのろと顔を上げ、眠たそうに私を見る。
「……昼寝班……」
「そ、それはないよ……」
思わず突っ込むと、近くの子たちが「昼寝班いいなー!」「それ最強!」と笑い出した。
鳴古は恥ずかしそうに頬を赤らめ、また机に顔を埋めてしまう。
――かわいい。
ほんの小さな仕草だけで、胸の奥がきゅっと甘くなる。
「じゃあ、まずは家具班!」
委員長が声を張る。
「ソファとか座布団とか、実際に置くものをどう準備するか考えてほしいんだ。作るのか、持ち込むのか、レンタルするのか。」
「うちの親、倉庫に古い座布団あったかも!」
「段ボールソファ作ろうぜ! 絶対面白い」
「でも耐久性が……」
真剣に話し合う声と、笑い混じりの冗談が飛び交う。
「広報班はチラシとかポスター作り! あとSNSで告知してもいいかもね。」
「接客班は当日の誘導とか説明をお願いするよ!」
次々に説明が進んでいくけれど、私はまだ手を挙げられない。
視線を泳がせていると、隣から小さな声が届いた。
「……いっしょ、がいい」
顔を向けると、鳴古がほんのり赤い頬で、半分眠たそうな目を私に向けていた。
「え?」
「……真白と、同じ班がいい……」
――どくん。
胸の奥で、音が跳ねた。
「……そ、そうだね。じゃあ……装飾班とか、どう?」
「装飾……」
鳴古は目を細めて、考えるように小さく息を吐いた。
「……ふかふかの、絨毯……」
「え?」
「床に、ふかふかの布……敷きたい……」
まただ。
私にしか届かないくらい小さな声。まるで秘密を共有しているみたいで、胸の奥がくすぐったくなる。
「ねえねえ、鳴古なんて言ってたの?」
前の席の子が振り向いて尋ねてくる。
「えっとね……休憩スペースの床に絨毯を敷いて、柔らかい雰囲気にしたいんだって」
「おー! いいじゃん! 布ならカーペット代わりにできるかも!」
「それ最高じゃん、ゴロゴロできるじゃん!」
「靴脱いで座れるようにしたら絶対落ち着くわ」
「色はどうする? 青系? 白?」
「電飾とか合わせたらもっと雰囲気出そう!」
あっという間に会話が弾む。
鳴古はというと、また机に顔を埋めて、耳だけ真っ赤にしていた。
「……ほんとにかわいいな」
小さくつぶやくと、彼女が片目だけ開けて、ちらっと私を見た。
目が合った瞬間、どきりと胸が跳ねる。
――やばい、聞かれてた?
でも彼女は、眠たげに小さな笑みを浮かべただけで、またすぐ目を閉じた。
その仕草だけで、私はまた頬が熱くなる。
その後も、黒板の前は熱気でいっぱいだった。
「ポスター描きたい!」「わたし、字は得意だからコピー係やる!」
「接客班は、おそろいのエプロン作ろうよ!」
「いいじゃん、写真映えするし!」
誰かが冗談を飛ばせば、別の誰かがすぐに返す。
笑い声が重なって、教室全体がひとつの大きな輪になっていた。
気づけば私も、自然と声を出していた。
「じゃあ、布は白と青で交互に敷いたらどう?」
「いいね! さわやかそう!」
「照明は暖色系にすれば落ち着くかも。」
「おー、それもいい!」
――すごい。
みんなと普通に話せてる。
鳴古の言葉を伝えるうちに、いつのまにか私自身の声も混ざっていた。
ずっと今日は外側にいるような気がしていたのに、いつの間にか再び、「輪の中」にいる。
胸の奥がじんわりと温かくなり、目頭が少し熱くなる。
こんなふうに笑えるなんて、思ってもみなかった。
「ふふっ……」
笑いながら鳴古を見ると、彼女は机に突っ伏したまま、眠たげに片目を開けて私を見ていた。
そして――小さな声で、誰にも聞こえないように囁いた。
「……真白が、楽しそうだと……わたし、ねむれる……」
――だめだ。
そんなこと言われたら、胸が甘くてどうにかなってしまう。
わいわいと盛り上がる教室の真ん中で、私と鳴古だけの小さな秘密がまたひとつ増えた。
そのことが、たまらなく幸せだった。
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