第11話

 町の中間区域の、とある小さな集会所に、香澄は居た。

 夜魔対策議会という、夜に現れる幽霊や怪異に対抗するための組織の議員が集まる中、髪を金髪に染め、ピアスを空けた男が、両手を合わせて言った。


「ごめん!バレて消されたわ!」

「なんと……いや、お前ほどの腕を持ってしても見つかるなら、仕方あるまい……」


 年嵩の男の議長が、暗い声でそう言って、溜息を吐く。

 金髪の男は、タバコを取り出しながら、暗い表情の議長に対し軽快な声音で言った。


「いやでも、香澄ちゃんが言った通り、悪い奴には見えねっすわ。

 ずっと見てたけど、何か企んでたり、悪事をするような素振りは一切無かったね。

 むしろ、お年寄りの荷物持ってやったり、海女さんの仕事手伝ったり、子供と遊んでやったりで、普通に良い子してたわ。」


 金髪の男がタバコに火を着けたので、香澄は窓を開けに行く。

 香澄が窓を開けると、金髪の男は「サンキュ」と片手を上げ、美味そうにタバコを吸った。

 ふう、と、煙を吐き出して、彼は、真剣な表情になって議員達を見回した。


「でも、脅威となる力を持ってるのは確かだね。あいつ、海主様の力のほんの一端とはいえ、それを行使してた。

 おかげ様で、逃げる間もなくやられちまった。」


 議員達の間に、重苦しい雰囲気が漂う。

 香澄は、のしかかる重圧感に、泣きそうになりながら頭を下げた。


「ごめんなさい、私がカゲオロシの儀式なんてやるから……」

「いや、いやいやいや!」


 金髪の男が、泡を食って手を振る。


「香澄ちゃんは何も悪くないから!それ言ったら、香澄ちゃんにかけられた呪いに気付かなかった俺らの方が悪いんだからさ。」

「その通りだ。君にはなんの責任もない。」


 金髪の男の言う通り、香澄達には、九尾様の呪いがかけられていた。呪いは、ほんの少しだけ慎重でなくなり、あまり物事を深く考えられなくなるというものだが、香澄の両親を含め、誰も気が付けなかった。

 あの儀式をやった夜、帰った香澄を待っていたのは、香澄をなじる怒声ではなく、議員達の土下座だった。

 議員達は皆、怪異に対抗する何かしらの力を持っている。それにも関わらず、香澄にかけられた呪いに気がつけなかったせいで、香澄はまんまと九尾の手のひらの上で踊らされ、悪事の片棒を担がされてしまったのだ。

 特に、香澄の両親は議員の中でも腕利きなのもあり、毎日顔を合わせるというのに気付いてやれなかったと、泣いて謝られた。


 香澄は、自分の服を握りしめた。自分は悪くないと言われても、酷く惨めな気分になる。

 香澄の両親には力があるというのに、香澄にはそういった能力も、才能も無かった。それに関して両親に責められた事はないけれど、自分にそんな力があればと思う事は何度もあった。

 俯く香澄に、議長が優しく声をかけた。


「あの年寄りが言ったことなら、気にしなくていい。君に彩ちゃんや遥ちゃんを監視する義務なんてないし、ましてやそれで君の両親に責任が行くことはあり得ない。」

「あの老害ども、何時まで派閥争いしてるつもりなんだか。」

「そも、子供にさせる事ではない。あのような妄言を真に受けるな。」

「おい言い方!」


 議員達が言い合う中、香澄の表情は曇ったままだった。

 集会所の前で待ち構えていた老人が、香澄と両親に向かって怒鳴った言葉を思い出す。


「よくもこんな事をしでかしてくれたな!とくにお前、そこの才能無しの小娘!あの神々のお気に入りに取り入っておきながら、何たる失態!お ま え が!脅してでも止める義務があるというのに!

 これはお前達の責任だぞ!特に小娘の親!お前達だ!腕が良いからとでかい顔をしておきながら、とんだ失態だな!どうしてくれる!」


 ニヤニヤと笑いながら、なぶるようにそう言った老人。

 ちなみに、両親が老人を無視して集会所に入ろうとしたその時、住職の男が集会所から出てきて、老人を後ろから殴って気絶させる、なんて衝撃的な出来事があったりする。

 住職なのに、躊躇いもなくお年寄りに暴力を振るった彼は、淀みない動作でスマホを取り出し、「ろうが……老人が熱中症で倒れてしまった」と言って、一切の悪ぶる様子もなく救急車を呼んだ。

 ちなみにこの住職、香澄に「あのような妄言を真に受けるな」と言った男である。


 香澄は、両親の悪口を言われたのも嫌だったが、自分が彩や遥と友達になったのが、取り入る為だなんて言われたのがショックだった。

 彩や遥と友達になったのは、彼女達が神様に気に入られているからではない。それでも、周りからは、そう見られていたのだろうか。

 これも、全て、自分に力も才能もないから。だからこんな事を言われてしまう。

 悲しくて、悔しくて、香澄は唇を噛んだ。

 俯く香澄を見て、住職の男がぽつりと言った。


「俺が行く。」

「は?何だって?」


 金髪の男が煙を吐きながら顔をしかめた。

 住職の男は、仏頂面のまま頷いた。


「俺が行く。」

「あのさあ、俺達妖怪の悟じゃないんだわ。それだけじゃなーんも分かんないの。お前さ、いっつも言葉足らずなんだよなぁ。」


 金髪の男が呆れ返って頭を掻き毟ると、住職の男は、また、仏頂面のまま頷いた。


「問題があるかどうか、俺がカゲボウシの所に言って話をしに行く。危険かどうか、それで判断する。

 危険な者なら、俺が責任を持って対処する。香澄と香澄の両親に責任はいかない。」


 金髪の男が、住職の男にタバコを投げ付けて怒鳴った。


「最初からそう言えやバーカ!」


 ムスッとした不満げな顔で、タバコを空中で掴み、握り潰す住職の男に、議長が呆れた声で言った。


「いや、行かせんが?我々はカゲボウシに直接関わらず、監視に留めるとさっき会議で決まっただろう。」


 住職の男はむっつりと黙り込み、すいっと目を逸らした。


「……そうだったか?」

「とぼけてんじゃねーよボケ。話はちゃんと聞いとけや。」

「聞いている。」

「聞いてなかったからカゲボウシの所に行くなんて言葉が出るんだろーが!」


 金髪の男が住職の男に蹴りを入れるが、筋骨隆々な住職の男はびくともしなかった。

 むしろ、蹴った足が痛くなったのか、金髪の男が蹴り足を擦る。


「こんの筋肉達磨がぁ……

 とにかく!カゲボウシは俺達が対処できる範疇を超えてる!

 だから、会議で決まった通り、それとなく監視するに留めて、直接関わるのは控える!」


 そう言う金髪の男に反対する者はいなかった。

 香澄の父親が、香澄と向き直って、頭を下げた。


「香澄、本当にごめんなぁ。パパが不甲斐ないせいで……」

「ママも何もできなくてごめんね……」


 香澄が慌てて否定しようとすると、金髪の男が頭を掻いて口を挟んだ。


「あんまり謝ると、香澄ちゃんが困っちゃいますって。

 あー、俺らが言うのもあれっすけど、九尾様はほら、何百年も神として君臨しているからさ。年の功っつうか、その分頭が良いから、俺らが後手に回るのは仕方ねーっつうか。」


 罰が悪そうな金髪の男に、議員の一人がにやりと笑った。


「流石は元神魔調伏連合のエリート様。九尾様に挑んだだけはありますね!

 何でしたっけ?「俺は神魔調伏連合の超エリート!九尾なんていう獣風情、このエリートが躾けてやるぜ!」でしたか?」

「ちょおっ!やめて下さいよぉ、俺の黒歴史を晒すの!」


 集会所が爆笑で包まれる。

 この金髪の男、元はこの町の人間ではなく、神魔調伏連合という、神や怪異、呪具を人間の管理下に収め、都合の良い道具にするという目的の組織の人間だった。

 ちなみに上記のような事をほざいて九尾に挑んだ結果、翌日に、金髪の男が呪いまみれになって裸踊りをして、町民の笑い者になっている所を保護された。殺されなかっただけ、幸運である。


 議員達が笑っている中、先程までの暗い感情を引きずって、笑うに笑えなかった香澄は、ふと、住職の男が冷や汗を流して目を泳がせているのに気付いた。

 不思議に思って見つめていると、その視線に気付いた議長が、にやりと笑った。


「そう言えば、お前も他人事じゃなかったな?」

「う、うむ……」


 歯切れの悪い住職の男に、金髪の男が、気の抜けた声をもらして首を傾げた。

 そんな金髪の男に、議員の一人がニヤニヤ笑いながら言った。


「こいつ、元怪異駆逐機関の人間でな?

 海主様を退治しに来たんだよ。」

「え?ええっ!?良く殺されなかったっすね……」


 住職の男は、そっと顔を逸らして呟いた。


「辿り着けなかった。」

「え?」


 議員の一人が笑って言った。


「そもそも海主様の所まで行けなかったんだよ。海主様の魚の眷属と戦って、勝てなかったんだ。」

「強かった。」

「あれ、でも善戦したんだっけ?」


 住職の男は項垂れた。


「人間にしてはよくやる、と。

 なさけをかけられた。」

「ああ、手も足も出なかったのね。」

「不甲斐ない……」

「いや、瞬殺されなかっただけ大したもんだよ。」


 大きな体を縮こませる住職の男。この男も町の人間ではなかったが、本当の怪異と相対して、神を殺すなどという己の馬鹿さ加減を思い知り、怪異駆逐機関を抜けてきた過去があった。

 怪異駆逐機関は、神も悪霊も呪具も怪異も、一纏めに怪異として扱い、それを駆逐する事で人類が夜を取り戻す、というのが目的の組織だ。

 議長が笑いをおさめて言う。


「まあ、人間風情が神をなんとかしようなんて愚かにも程がある。打ち倒すにしても、利用するにしても、な。

 神とは適切な距離感を保つ、というのが我々の大原則だ。」

「じゃねーと俺みたいになるからな。」

「お前はまだ殺されなかっただけ幸運よ。」


 香澄は、胸がつきんと痛んだ。

 神様と適切な距離感を保つ、という事は、神様と近い位置にいる二人の友人と離れないといけない、ということだ。

 二人と距離を取らないといけないと思うと、悲しさで胸がいっぱいになる。

 こんなことの為に、友達をやめなきゃいけないのか。でも、香澄も議員の娘だ。悔しい。悔しいけれど、我慢しなくてはならない。

 じわり、と、涙が滲む。


「私は、もう、彩や遥と友達でいては駄目ですか?」


 思わず溢れた香澄の言葉に、議員達はぽかんと口を開けて呆けた。

 そして、大慌てで声をあげた。


「え?あー!違う違う!」

「大丈夫!大丈夫だよ!確かに二人とも、神と近い子供だけど、香澄ちゃんが気にする事はないからね!」

「むしろ、これで俺達が絶交させたなんて知られたら、祟りまっしぐらだから!」


 違うと言われても、溢れ出した涙はそう簡単に止まらない。ママの柔らかい手が、背を擦ってくれている。

 慌てふためく議員達が落ち着くまで待ってから、議長は泣きじゃくる香澄に優しく言った。


「香澄ちゃん、こういう事を気にするのは我ら大人の仕事だ。君は、君の好きなように友達を作りなさい。

 なんだったら、あのカゲボウシとも友達になっても構わない。」


 香澄は涙を拭い、議長を見つめた。


「本当?彩と遥と友達のままでいて良いの?」


 議長はにっこりと笑って、鷹揚に頷いた。


「勿論だとも。それは子供が気にすることじゃないんだ。

 何かあったら、我々が何とかする。」


 金髪の男が、ニヤリと笑って胸を張った。


「そうとも!俺はこれでも元エリートだからな!じゃんじゃん頼って構わないんだぜ!」

「裸踊りの元エリートかー。頼りねー」

「うっせ!」


 また笑いに包まれて、会議はそこで終わった。

 各々が立ち上がる中、香澄は視線を巡らせて、大きな背を見つけた。

 香澄は、住職の男の元に行った。


「あの!」

「む?」


 香澄は、頭を下げた。


「気遣ってくださり、ありがとうございました。その、責任を取る、って……」


 住職の男は仏頂面のまま、黙って頷き、踵を返した。

 香澄は顔を曇らせた。いつも不満そうな表情をしているし、言葉も厳しい。香澄は嫌われているのかもしれない。

 そう思って俯く香澄に、金髪の男がニヤニヤ笑いながら、耳元で囁いた。


「あいつ、照れてんだよ。」


 香澄は目を丸くして、住職の男を見た。

 早歩きで去ろうとする住職の男の耳は、確かに真っ赤だった。

 香澄は目を丸くした。そして、態度に見合わず可愛い人なんだな、と、香澄は少し笑った。

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