タイザン5【キスしたい男】における、演出と「書き切る」構成について

固定標識

『俺はアンジェリーナジョリーとキスしたい』

 皆さまは、読み切りの漫画作品はどれくら読まれるでしょうか。

 私は日付が変わるタイミングで少年ジャンプ+にログインし、読みたい漫画を読んだりしているわけですが、それらの作品群の中には読み切り作品と呼ばれる、一話単発で終わる作品が掲載されていることがあります。

 私が特に好きな過去の読み切りとしては、久蔵バク【青春ロスと大誤算】(https://shonenjumpplus.com/episode/316190247054743651)や、フセキ【撃滅のジェノサイドギグ】(https://shonenjumpplus.com/episode/3269754496503554995)や、大豆田【うつろうカノジョたち】(https://shonenjumpplus.com/episode/14079602755096832234)などが挙げられますが、それらの中でも、特に好きで堪らない作品があります。

 それがタイザン5【キスしたい男】(https://shonenjumpplus.com/episode/316190246951141196)

 です。


【キスしたい男】は、以前ジャンプ+に掲載された読み切り作品で、今では【タコピーの原罪】などで知られるタイザン5先生が、その以前に描かれた作品です。(URLの先では【キスしたい男】は2022年11月14日に配信となっていますがこちらは再配信の日にちになりますので、【タコピー】よりも先に配信されています)

 私はこの作品に感銘と凄まじいダメージを受け、自分の作品制作にも大きな影響を受けましたので、今回は【キスしたい男】が持っている作品としての演出や構成の妙について書いていこうと思います。

 以下ネタバレを含みますので、もし読んでいただけるのでしたら、先に【キスしたい男】を読むことをおすすめ致します。




 ──────────・・・




 この物語は、主人公のレオくんが、十五の夏、テレビの中で運命的に出会ったアンジー(アンジェリーナジョリー)にキスしてもらう為に、百万円を貯めようと頑張る中、にこちゃんという少女が彼の元を訪ねてくる──というのが本作の主なあらすじです。

 以下に解説を置いていきます。



◇【キスしたい男】の絵に関するネタについての解説

①レオくんの中のアンジーの像がまるで安定しない

 作中、レオくんは頻繁にアンジーについて妄想しますが、その姿は毎回異なっており、主人公のレオくんは、アンジェリーナジョリー本人に憧れを抱いていると言うよりも、【レオくんの中のアンジー】に憧れを抱いているということが読み取れる


②コマ割りによる情景描写

 特に39、40頁・1~4コマ目での変化の描き方

 1コマ目では胸倉を掴まれる幼少期のレオくんが描写される↓2コマ目ではランドセルを描写し、小学生の頃を描写↓3コマ目ではレオくんがアンジーに恋したシーンを描き、続く4コマ目では、3コマ目のレオくんが見つめているテレビが消えていることから、アンジーからにこちゃんに心が移ったことが描写されている。

 この一連の見開きでは、光と影の使い方がとてつもなく素晴らしいです。


 また、37、38頁の回想へと移り変わってゆくシーンでも、夕刻の影が斜めに掛かっていることが、➊にこちゃんとレオくんの立場の違い(光と影)➋回想シーンの黒枠へと自然に染めてゆく、という二つの効力が見られます。


③背景にアンジェリーナジョリー

 レオくんの心がにこちゃんにあるシーン(中学生時代に映画に誘うシーンや、ラストシーンなど)では、背景にデカデカとアンジェリーナジョリー出演映画の看板が映っている。



◇作中の内容描写についての解説

①ママの言葉

 レオくんのママは、レオくんに様々な言葉をのこしており、彼は時折、その言葉を格言の様に想い出しては自らに言い聞かす描写が見られる。

『レオ たくさん恋をするのよ そうすればきっと辛いことだって全部忘れられる』

『男は若ければ若いほど良い!』

『稼げるうちに稼げ』

 レオの母親は離婚を繰り返しており、レオにも日常的に暴力を振るっていた。それを踏まえて台詞のみを見返すと、本当の意図が見えてくる。


②レオくんの吐き癖

 自分の未来のことや、現実について直視せざるを得ない状況に置かれると、彼は吐いてしまう。


③たった百万円でアメリカで過ごせる訳がない

 レオくんがパスポートを取っていたでしょうか、語学に自信があったでしょうか。恐らくどちらもありません。

 彼は、中学三年生の頃に時間が止まってしまい、分かりやすい【百万円】という記号のみを目指して余計なことを考えないようにしてきました。

 とにかくレオくんは現実を見ていない、逃避の先にアンジーを選んだだけである、というのがこの作品のミソです。

 だからこそ煽り文が良い

『現実と向き合って2人で──』


④イオンでいい

『もっとユーチューブとか見てよ!!!!』

 にこちゃんは現実と絶対に向き合えとは言わない。彼女なりの逃げ道を提示している。



◇本作品の書き切る構成について

【キスしたい男】における最も好きな点です。

 それは端的に書くと、この作品の最後の2頁は、物語上不要であるということです。

『イオンでいい』で終わりでいいのです。二人で今度映画を見に行こうで終わっても、物語としては破綻していません。

 ですがその後に、バイクを買った残りのアンジー貯金で、とある物を買いに行こうとするわけです。

 レオくんがアンジェリーナジョリーとキスしたいという願いを失くしたことは、これからは現実と向き合っていく必要があるということでもあります。この買い物は、確かにレオくんが現実と向き合っていく中では必要でしょうが、しかしレオくんの生活に直接影響を多大に及ぼすものではないし、作中でにこちゃんに示されたように、行政施設に行くことの方が優先度は高いと思われます。

 しかしレオくんはソレを買いに行くのです。愛する家族のために、自分に出来ることを探すことも、彼は自分自身の為に必要だと判断したのです。

 この描写こそが、かつてレオくんとにこちゃんが互いに好き合っていたという理由付けにもなるように思えます。

『イオンでいい』で終わらないのは、二人が現実へと向き合ってゆくこと、そしてレオくん自身が、最後まで家族への愛を喪わなかった人間であるという、二つないしはそれ以上の描写を為す構成なのです。



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【キスしたい男】は、読み切りにしてはページ数が多くありますが、私はこの作品が大好きで何度も読み返しています。

 運命に出会われるものは、その善悪を選べないということ。

 しかしどんなに絶望的な状況であろうとも、救いの道は在ること、隠されていること。

 目を逸らすことは、善くも悪くも人生を大きく左右すること。

 蛇足になろうともそのパーソナリティを描き切ることから逃げてはならないこと、など、主人公の人生を書くうえで大切な要素が詰まっているように思われます。


 読み切り作品を読むことは短編の主人公を描くうえでとても参考になるのではなかろうかと結論付けて本レポートを終了します。  ──固定標識





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