第11話 平静になるために

 目が覚める。見たことがある天井がある。

「よかった……」

 顔をくしゃくしゃにした柿本さんが、布団のそばに正座をして控えていた。

「危ない目にあわせてしまい、申し訳ありませんでした!」

 深々と頭を下げられて、反射的に起き上がる。

「頭を、あげてください……!」

 私の願いが、すぐに叶う様子はない。

「気分転換のために、よかれと思った結果じゃないですか。元々は、私が勝手に車から出たのが原因なのに……!」

「失礼いたします」

 すっと扉が開かれ、川端さんが姿を見せる。

「……お目覚めになりましたか」

 状況を一瞬で把握したのか、川端さんは目を細める。ずんずんと歩み寄ってくると、柿本さんの背中をむんずとつかみ、起き上がらせた。

「舞鶴様がお困りだ。謝罪は必要だが、自分が楽になるためだけに謝るのはやめろ」

 気の抜けたように座り込む柿本さんをしり目に、川端さんはこちらへ向き直った。

「お見苦しいところをお見せしました。お加減はいかがですか?気持ちの悪さや、身体の痛みなどは」

 自分の身体に注意を向ける。またも白のワンピースタイプのパジャマを着ていた。

腰に手をやると、なにか貼り付けられている感触がある。

「医者を呼んで診てもらいました。幸い打撲ということで、湿布が貼られております」

 手首に拘束された跡がうっすら残っているものの、特につらいと思う部分はない。

「特に問題はありません」

「なによりです。……早速ですが、状況説明などをさせていただきたく、多雨様にお会いしていただけませんか?仕度が済むまで外で控えておりますので」

 ゆっくりとうなずく。

 川端さんは、柿本さんを引きずるようにして、部屋を出ていった。


「怖い思いをさせてすまなかった」

 通された座敷で、鵯越多雨から頭を下げられる。

「鶴見に連なる斎藤家が発見され、その娘、斎藤舞鶴と鵯越家が婚約に向けて動いている……。そんな情報が、どこからか漏れたようだ。どこの家も、能力者の家系出身で結婚適齢期に近い人間が見つかったとなれば、まず縁組をと考える。今回は、とある家が暴走し、人を使って、乱暴な嫁とりに走った。斎藤家から車を手配してここに来てもらって安心していたが、まさかこの近くにまで来ているとは、警戒が足りなかった。こちらの責任だ」

 「いえ、こちらこそ、助けていただいてありがとうございます。でも、どうしてあんなに早く……?」

「渡した財布に細工をした」

不意に、財布に入っていたお守りを思い出す。

「所定の術式を使えば、位置をつかめる。念のため用意しておいてよかった。……貴重品を持ったまま誘拐されたのが、不幸中の幸いだった」

鵯越家の次期当主は、出されている日本茶に口をつけた。

「よその家がああもなりふり構わず動くのは想定外だった。今後のことはなんとかする。ただ、しばらく外出は控えてほしい」

身を固くしてうなずく。あんな思いをもう一回はしたくない。

「恐れながら」

横に控えていた川端さんが、口を挟む。

「今後のことについて、結論を出す前にどうしても確認しておきたいことが一点ございます」

 目線で促された柿本さんが、黒いケースを抱えて進み出た。

「私の、模造刀……」

 確かに持ってきていたのに、目覚めた時、部屋になかったことを今さらながら思い出す。

「形状から刀と認識できましたので、勝手ながら改めさせていただきました。まごうことなく模造刀。こちら、お返しいたします」

 私は柿本さんからケースを受け取る。

「模造刀?どうしてそんなものを」

「少し調べさせていただきました。斎藤舞鶴様は居合を習っておいででした。段位も持っておられるとか」

 主の問いに答えた後、執事は私に向かってほほ笑む。

「――今ここで、見せていただけませんか?」

 意味のないことを依頼するとは思えない。

 けれど私は、自分の服装を見やった後、執事に向けて首を振った。

「あいにく……居合いをするには着物でないと」

 居合術、抜刀術とも言われる技術は、日本刀を鞘に収めて帯刀した状態から、鞘から刀を抜き放つ動作が肝だ。

 鞘に収まった日本刀は帯に挟み込んでおかなければならない。

 挟み込まれた鞘を左手で抑えながら、親指で鯉口を切る。右手を柄に掛け、刀身を物鞘から抜く途上で鞘を水平にする。左手で鞘を後ろへ引きながら、右手で一気に刀身を抜く。流れるように行うこの動作が、抜刀の基本的な手順となっている。

 ブラウス、ウエストゴムのスカートにカーディガン。今の服では到底できない。

「抜刀した後の動作からで構いませんから」

「……わかりました」

 ケースのファスナーを開け、黒光りする鞘に入った刀を取り出す。

 ゆっくりと鞘から刀を抜いて、使わないものを柿本さんに預けた。

「――危ないですから、端の方へ」

 執事は手早く茶たくと湯呑を回収し、隅の方に置かれているお座敷ワゴンに移動させた。屋敷の主人は大人しく座布団から立ち上がり、移動する。柿本さんが座布団類を脇に寄せた。

 その間、私は右手で刀を持ち、刃を下に向けた状態で移動しながら、部屋を傷つけない位置どりをする。

「それでは……」

 息を吸う。

 使い慣れた刀を両手で構える。切先は目線の先に立つ、執事の川端さんの喉元の高さのあたりに向ける。

 身体の腹のあたり、真正面に構える『正眼せいがんの構え』。

 右足がやや前、左足が後ろになるように、姿勢を正して真っすぐに立つ。

 ぴたりと息と、動きを止める。

 その姿に、川端さんは考え込む素振りをした。

「……振り下ろしていただいても?」

 私は無言で、上段の構えに移行した。

 刀を頭上に振りかぶった状態で構える。

 カーディガンの袖がずり落ちる。

 どす黒い感情を斬るように。

 私は刀をそのまま振り下ろした。

 ――湯呑の水面に、さざ波がたっている。

 しんとした部屋は、一瞬時が止まったようだった。

「……こだま」

「はい」

「骨董蔵からあれを持ってこい」

「はい」

 私は意識を切り替える。

 目をきらきらさせている柿本さんの横で、鵯越多雨は目を見開いていた。

「……どういうことだ」

 私は首をかしげる。

「鶴見の家は、武具を用いて悪しきものを祓う。だが、斎藤家は、退魔の仕事はしていないはずだろう?」

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