第4話・むかしむかし

 十数時間かけて、俺は家に帰ってきた。ウキウキで買った土産もほったらかしにして、俺はリュックから本を取り出した。見た目は至って普通の本だ。重々しい魔導書だとか、雰囲気のある古書というわけでもない。本屋で普通に売っていそうな本である。

 ただ一つ本屋の本と見た目が違うのは、題名も中身も書いていないという点である。中身をパラパラとめくってみるが、真っ白なページ以外には何もない。俺はデスクから油性ペンを持ってきて、表紙に丁寧な字で『優助』と書いた。恐る恐る表紙を開くと、そこには優助が主人公の物語が綴られていた。俺は緊張しながら、本を読み始めた。


【優助】

 僕が小学校三年生の時、学校から帰っていつものように公園で遊ぼうと思ったら、公園の隅で寂しそうにしている男の子を見つけた。

 短髪で、いかにも元気そうな少年という見た目とは裏腹に、その子は何をするわけでもなく座り込んでいた。僕はどうしたの、とその子に聞いた。

「友だちになかま外れにされたんだ。」

 その子は俯きながら答えた。あまりにも寂しそうな目をしていたから、僕は放っておけなかった。

「ねえ、それじゃあさ、いつしょに遊ぼ。ぼく、ゆう助。君は?」

 僕がそう尋ねると、その子はようやく顔を上げて僕の目を見た。

「おれ、みちる。おれと遊んでくれるの?」

 嬉しそうにする満君に、僕はもちろん、と答えた。

「みちる君、とりあえずじこしょうかいしようよ。ぼくはゆう助。すきな色は赤色で、すきな食べ物はメロン。きらいな食べ物はセロリ。」

「えっとね、おれの名前はみちるで、すきな色は青。すきな食べ物は、おかし!さらいな食べ物は、大体のやさい。」

 自己紹介が済むと、僕たちは公園で鬼ごっこを始めた。二人だけだというのに、すごく楽しかった。しばらく二人で夢中で遊んでいると、あっという間に五時になってしまった。

「みちる君、ばいばい。また明日学校でね。」

「うん、ばいばい。また明日。」

 僕たちは手を振って、その日は別れた。

 家に帰って母さんに今日のことを話すと、母さんはにっこり笑って褒めてくれた。

「優助は優しいねぇ。新しいお友達ともきちんと仲良くするのよ。」

 その言葉に、僕は元気に返事をした。明日の学校が、ちょっと楽しみになった。

 満君と友達になって、一週間が経った。満君とはクラスが違ったため、今まで話したことはなかったけれど、一緒にいると面白い子だった。何回か遊んでいるうちに、満君も僕のことを友達と思ってくれたようだった。

 満君は僕に、いじめられていることを話してくれた。どうやらこの間まで友達だった人が遊んでくれなくなったり、持ち物を隠されたりしているらしい。満君はぽつりぽつりと、いじめの内容全てを話した後、少し怒った口調で言った。

「おれ、なんにも悪いことしてないのにっ。」

 満君の話を聞いた限りではその通りだった。満君はその子に意地悪した訳でもないし、喧嘩をした訳でもないらしい。僕は酷い話だと我慢ならなくなって言った。

「つらかったね、でもダイジョーブ。ぼくはみちる君の友だちだし、その子にもだめだよって注意してあげる。」

 その子となかなおり出来たら、その時は三人で遊ぼう。と続けようとしたら、満君が口を開いた。

「注意じゃぜっ対反せいしないよ。あいつ、どうせ言い返せないおれのこと弱いと思って、面白がって意地悪してるもん。おれがちょっとどんくさいからって!」

 大っ嫌いだ、と言いたそうな顔を見て、僕は喉まで出かかったその言葉を飲みこんだ。

 数日後、僕は勇気を出して、満君をいじめた子に話をしに行った。

「ねえ、ちょっと君、今いいかな?」

 その子は訝しげな表情のまま、いいけど、と頷いた。どうやら彼は人気者の様で周りに多くの友達がいたが、真剣な話をされると察してくれたのか一人になってくれた。

「いやなこと聞くけどさ、君ってみちる君の事いじめたりしてない?」

 出来るだけ相手を刺激しないようにと、責めるような言い方はしないで噂で聞いたような風を装って聞いてみたが内容が内容だ。その子はますますそうな顔をして、こう言った。

「いじめてないよ。お前、みちるときいきんなかよくしてるよな、いじめられたって本人が言ってんのかよ。」

「う、うん。」

 しまった、と思った。折角「風の時で聞いて、興味本位で聞いただけ」を装ったのに、圧に負けて本人から聞いたと言ってしまった。満君がもっといじめられてしまう、と思った僕は、こうなったら徹底的に言い争ってこの子にもういじめません、と約束させるしかないと腹を括った。

「君さ、みちる君を無視したり、みちる君の持ち物かくしたりしているって聞いたよ。だめだよ、そんなことしちゃ。」

 眉を吊り上げて、その子の目を見て訴えかける。すると、ん?と小さな声でその子は言った。

「あのさ、何かかんちがいしてない?」

「え?」

「おれはみちるの持ち物かくしたりしてねえよ。きょり置いてるのは本当だけどさ。」

「そうなの?それに、無視しているんじゃなくて、きょりを置いているって?」

「そうだよ。みちるのヤツといっしょにいるのがしんどくなったんだ。アイツいっつも大げさに話すし、めんどくさいんだよ。お前もアイツといるのやめといた方がいいよ。」

 そう言って、その子はすたすたと教室の中に戻って行ってしまった。

「あっ、まってよ、まだっ、」

 まだ話は終わっていない、とその子の腕を掴もうと伸ばした手は空を切った。結局解決とまではいかなかった。しかし、満君は避けられていても、持ち物は隠されていないのかもしれないということがわかった。僕はそのことを満君に伝えることにした。

 昼休みになって、僕は満君のクラスに行った。さっき話をしたいじめっ子は僕を見つけて、あからさまに嫌そうな、うげえ、という顔をした。そして、そそくさと去っていった。

「みちる君、かくされたって言っていたもの、なくしちゃっただけからしれないよ。いっしょにさがしてみようよ。手伝うからさ。」

 笑顔でそう言ってみたら、満君は異議があるようで、怪訝な顔で僕を見た。

「そんなことないよ。ぜったいアイツがかくしたんだ、おれアイツにきらわれているから。」

「でも、うっかりなくしちゃっただけかもよ。それに、かくされたにしろ、なくしたにしろ、さがしたほうがいいよ。」

 僕がそう説得すると、渋々といった様子で満君は椅子から立ち上がって、隠されたというハサミを探し始めた。満君が掃除用具箱の中や本棚の上などを探している間に、僕は彼の引き出しの中を探していた。満君の引き出しの中はお世辞にも綺麗と言える状態ではなかった。ガサガサと溢れかえった物をかき分けてみると、ようやくハサミを見つけた。

「みちる君、あったよ、ハサミ!」

 僕は教卓の下をのぞき込んでいた満君に声をかけ、ハサミを差し出して見せた。

「えっ、どこにあったの?本だなのかげ?ゴミ箱の中?それとも、」

「引き出しのおくにあったよ。」

 満君はその答えは予想外だったようで、日を真ん丸にした。しかし、僕がどれだけ言っても、ハサミは隠されたんだという満君の考えは覆されなかった。

 結局、小学校卒業まで満君へのいじめは解決しなかった。知り合ってからの約三年間で何回相談されたかわからない。ある時は持ち物を隠されたと相談され、ある時は陰口を言われていると相談され、ある時は殺害計画を立てられていると相談された。

 蓋を開けてみればそんなことは全くなく、隠されたものは彼の引き出しやロッカーから見つかったし、別に陰口などほとんど言われておらず、悪口を言われたとしても喧嘩をした時くらいだった。殺害計画が立てられていたかどうかなど、言わずともわかるだろう。

 相談されるたびに面倒くさいと思う頻度は高くなっていったが、いつも笑顔で聞いていた。本人は不安や恐怖に支配されているだろうと思ったから、一人ぼっちにするわけにはいかなかった。だって、僕は満君の、友達だから。

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