第2話・感情ジェットコースター
市場の人々に別れを告げて次の目的地に向かう。もちろん裏通りは使わない。目的地まではバスを使うことにした。綺麗な包みの土産を入れて朝の時よりも重たくなったリュックを肩から降ろし、座席に座りながら考える。
好きなものを気ままに買うなんて何時ぶりだろうか。小さい頃はありったけの小遣いを持って駄菓子屋に行ったっけ。楽しかったなあ。
俺のお気に入りの駄菓子はぱちぱち口の中で弾けるキャンディーで、優助のお気に入りはフルーツ味の餅のような菓子だった、俺は二人で駄菓子屋に行ったことをしみじみと思い出しているうちにうとうととし始めてしまった。
駄菓子屋の店のベンチに二人の少年が腰かけている。小学校、三、四年生と言ったところだろうか。少年二人の手には今買ってきたのであろう、金券付き駄菓子がたくさん入ったビニール袋があった。
「よし、優助、さっそく開けて食べよう!金券どっちが多く当たるか勝負な!」
「いいけど、どっちも当たらなかったらどうするのさ。」
勢いのいい勝負の申し出に柔和な顔の少年、優助は苦笑する。
「その時はもうあと何個か買って、二回戦だ!」
もう一人の少年、満はそう言って笑う。その心底楽しそうな笑顔に負けたのか、優助は分かった、いいよと言って二人で駄菓子を食べ始めた。
しかし、一回戦は引き分けに終わった。そう、どちらも当たらなかったのだ。
数分板、店から出てきた少年たちは新しく買った駄菓子をまたベンチで食べ始めた。
「はずれ、はずれ、ああっ、これもはずれだ」
さっきの笑顔はどこへやら、一気に不機嫌な顔になった満はがさつにゴミを袋に入れた。
「そりゃあ、一度にたくさん当たったりしないよ。」
優助はマイペースに駄菓子を食べる。そして、
「じゃあこれあげるよ。」
と、不機嫌です。と書いてあるかのような顔の前に自分が買った金券付きの駄菓子を差し出した。途端に満は顔を輝かせ、べりっと駄菓子の蓋をめくった。
「あ一!当たった!当たった!優助!」
高らかに満は声を上げ、五十円と書かれた蓋をずいっと優助の目の前に突き出した。
よかったね、とにこにこしながら言う優助に向かって、
「ってことで勝負はおれの勝ち!」
と言う。気遣いでもらった駄菓子なのに勝気を継続させるという図々しさに嫌な顔一つせずに優助は、あはは、そうだねと言ったのだった。
うっかりバスの中で寝てしまった俺は、騒がしさで目を覚ました。いつの間にか着いていたらしく、多くの人がバスを乗り降りしていた。慌てて運賃を支払い、バスを降りる。するとそこには圧巻の景色が広がっていた。
見に来たのはこの国で有名な歴史的建造物であり、その外観の美しさが人気なのだという。残念ながら中には入れないようだが、建物の周りも綺麗にされているため建物の周りをぐるりと一周しながら写真を撮ることにした。
建物の周りを普段と比べてかなりゆっくりの足取りで進みながら、気に入ったアングルを見つけて写真を撮る。ネットに載っている建物の正面からの写真とは違って、初心者感満載の写真だ。しかし、ネットに載っていなかった角度から自分の見た景色をそのまま保存することができるのはやはりいいものだと思う。
そういった点もプラスして今撮った写真を見てみると、初心者が撮ったことがバレバレなこの写真も、プロが撮ったものと同等の、いや、それ以上の価値がある写真に見えてきた。俺は機嫌よく建物の周りをまたゆっくりと歩き始めた。
ひとしきり写真を撮った俺は、さっきまでカメラのアプリを起動していたスマートフォンで今度はマップのアプリを開き、次の目的地である酒場の位置を確認した。する
と、意外にも徒歩で行ける距離にあるらしい。いい運動になるだろうと思った俺は、帰りは歩くことを決めた。
酒場に向かって歩きながら、俺は朝に思ったことと同じことを考える。やはり知らない街を一人で歩くのは大冒険をしているようでとても楽しい。今手に持っているものがスマートフォンではなく古びた紙の地図だったら、気分はさながら異世界を旅する勇者だったろう。
俺は趣を感じないスマートフォンの画面に目をやり、目的地までのルート案内を開始しようとする。しかし、ふと本当に冒険してみてもいいかもしれないという考えが頭をかすめた。迷子になってもスマートフォンの充電と交通費さえあればホテルには帰れるのだから、酒場までは手探りで、人に道を聞きながら行ってみるか。
この判断を後に後悔することになるとはつゆも思わず、俺は翻訳アプリーつで酒場を目指すことを決めてしまった。
どれくらい経っただろうか、空はもう暗くなり始めていた。思っていた以上に酒場までの道のりは複雑で入り組んでいた。ここに来るまでに何人もの現地人に道を聞いたが、代わり映えしない細い路地では教えてもらった目印を見つけるのも一苦労で、何度道を間違えたのか分からない。
まあつまり、迷子になってしまった。もう暗くなり始めた外に人の影は少ない。ましてや細い路地に人の姿など見えるはずもない。おまけに今日は写真を撮って翻訳アプリも使い続けたものだから、今さっきスマートフォンの充電もなくなってしまった。
あの酒場に行きたかったのに。昨日からいい店を見つけたと行くことを心持ちにしていたのに。明日の昼にはもう空港なのに。
八方塞がりの現状に気分が急降下する。しかしその店に行きたいという気持ちは薄れるところか強まっていく。なにせ昼過ぎから街をずっと彷徨って疲れ果てているため、酒の一杯や二杯呷らないとやっていられない。
それに、旅行の最後の思い出が『迷子になって行きたい店に行けなかった』では納得がいかない、と半分自棄になっていた。誰かと「自力で酒場に行けるか選手権」をしている訳でもないのだから、そう必死にならず諦めて大通りを目指し、バスに乗ってホテルに帰ればいいのだが、なんだか諦めるのは許せなかった。
そうして俺は疲れ果てている足に鞭を打ってもう一度歩き出した。
拙い高校レベルの英語と、自分の直感を頼りにしばらく歩いてみたが、状況は全く改善しなかった。むしろ悪化している。店の明かりが見えるわけでもなく、人気のない暗い路地裏に俺はぽつんと一人で立っていた。たまに通りかかる人も放浪者のような見た目で、助けてくれそうな人はいない。
さすがに店は諦めてこの裏路地を抜けて大通りに出る道を探すことを優先しよう、と決めた瞬間、ドンっと後ろから歩いてきた人にぶつかられた。俺は買った土産が潰れたのではないかと心配になり、リュックを開けた。
幸運なことに土産は全て無事であり、もっと幸運なことに今まで存在をすっかり忘れていたモバイルバッテリーをリュックの底から発見した。俺はすかさずスマートフォンの充電を開始する。
ぶつかったくせに何もなしに立ち去って行った彼奴には少し腹が立っていたが、今では彼は俺の神様同然である。ある程度充電ができたら大通りまで地図を見て帰ることができる。
どっと安心感が押し寄せ、穏やかな気持ちで土産を詰めなおしていると、もう一つ重要な事態に気が付いた。それに気が付いた瞬間、俺の安心感はたちまち大きな焦りに変わり、血の気が引く。
財布がないのだ。俺は瞬時に先程ぶつかった彼奴がやったのだと理解する。つい先ほどまで俺の神様だった彼は、たちまち俺の中で悪魔になった。俺は荒々しくリュックを背負い直すと、スリの犯人が逃げた方向へ足を踏み出した。
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