黒の貴方と緑の彼女
蒼縞
第1話
「礼!!まだかかっているのか!」
廊下の雑巾掛けをしていたら、襖が開き罵声が飛ぶ。それは彼女と同じ黒髪の男からだった。
「……すみません。すぐに次に取り掛かります」
しゃがんでいた姿勢から立ち上がり、礼は頭を下げる。
素直に謝罪されたのが癪に触ったのか、男はバケツの水を礼にかけて、
「もう一度拭いておけ!!」
そう言った。
滴る汚水に、汚れた廊下。礼に言いつけられた場所はまだ山ほどある。
通常であれば何人もの使用人を使い掃除するところを礼ともう一人に任せて黒髪の老若男女は忙しなく行き来している。
*
「ふぅ。終わるわけないだろ。こんなクソ広い神社」
一人。礼は先ほどの場所から離れ、裏口の場所にいた。その手には雑巾ではなく煙草を吹かしていた。
「れいさーーーーーーーーん!!」
そんな礼にやや声高く名を呼ばれる。礼は呼んだ人物に視線をやることもなく、顔の前で手を下に下げてサッサっと振った。誰が見てもわかる「要はない」だった。
「礼さん! 仕事はまだあるんですからどこか行かないでくださいよ! 私だけじゃ到底終わりませんよー」
黒髪だが一房だけ灰色が入った彼女は、どう見ても10もいかないくらいの幼女だった。そんな彼女は頬を膨らませて礼を見る。
「カゲ。オレがやったとしても終わりゃしねぇよ。どうせ当主の気まぐれだ。時間が経てばまたいつもの日常が嫌でも来る」
ふぅと煙草の煙をカゲに吹きかけて礼はそう言った。
「また「オレ」って言ってますよ、礼さん」
煙を払いながら、しゃがんだ礼の前に人差し指を突き出す。まるで親が子供にするような注意の仕方だった。
それに礼は煙草を消しながら、「はいはい」と言う言葉でその場を濁した。
この世界は髪色で人生が決まる。
一番トップを白と置いて、緑、赤、黄、青、茶、最後に黒が来る。白以外に序列というものはほとんど存在しないに等しいが、彼等『色持ち』は特権階級の意識が強い。各々握っている覇権があるのだが、『黒』は神社であった。
その黒の当主がいきなり「宴を開く」と言い出したのだ。
神社の当主であるからして、他の人はそれを「お告げ」として右往左往するのだが、ぞんざいに扱われている礼にしてみれば「ただの気まぐれ、わがまま」としか映らないのだった。
*
「痛……」
結局その日、礼は暴行を受け、カゲも叱責を受けた。
翌日礼は買い物に出ていた。殴られた傷が痛み、腹部を押さえる。礼にいつも手を出すのは『里山』という男で、彼女の父親でもあった。
「おい、あいつ忌み子じゃないか?!」
道を歩いていると淡いクリーム色の髪の男性が、礼を見て指を指す。他にも歩いている人がその声に反応し、礼をジロジロと見る。
『忌み子』
それは黒の一族のみが使われる言葉だった。髪が黒でも目の色が同じでは無い子のことを指す。
ざわざわとする民衆のなかで、誰かが石を投げた。一人が投げれば、誰もが同調する。
石の数々に礼は顔を押さえて、路地裏へと逃げる。
路地裏にまで追って入ってくる人はいなかった。
そう。『彼女』以外は……。
「あの、大丈夫ですか……?」
綺麗な声。
痛みにうめいた礼には薄ぼんやりとしか見えなかったが、それはとても綺麗な緑の髪の女性だった。
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