エピローグ 新たな訪問者
日付も、季節も、意味を失って久しい。
かつてのロンドンは、静かだった。
いや、正確には、静かすぎた。
人々の声は途絶え、時計の針の音すらも、死者のうめきにかき消された。
私——ジョン・H・ワトソンは、今日も、残された地下の避難室で記録を綴っていた。
“彼”の手帳を前にして。
書き留められた推理の数々。
崩れた論理の先に、それでもなお人間らしさを求め続けた痕跡。
それらに触れるたび、私は思い出すのだ。
——最期の眼差し。
——最期の言葉。
「ありがとう、相棒」
あれは確かに、“シャーロック・ホームズ”の言葉だった。
その夜は、いつもと少し違った。
ロウソクの火が妙に揺れていた。
風など、通らぬはずの密室の中で。
そして、扉がノックされた。
私は背筋を正し、銃に手をかけた。
今や、ノックは警告ではなく、死の合図なのだから。
「誰だ……?」
返答はなかった。
私はゆっくりと扉を開け——そして、息を呑んだ。
そこに立っていたのは、私によく似た男だった。
しかし、顔の輪郭も、目の光も、わずかに異なる。
そしてその傍らには、灰色のコートを羽織った、もう一人のシャーロック・ホームズがいた。
「こちらの時間軸で君が生きていることは確認していた」
そのホームズが口を開く。
「我々の世界でも、状況は切迫している。君の経験が必要だ、ジョン・ワトソン」
「……君は、“私のホームズ”ではないな」
「そうだ。だが、君と彼は“同じ物語”に生きていた。
我々はその続きに——最後の章に向かう」
私はしばらく黙っていた。
そして、机の上の手帳を見つめた。
それはもう、“過去”の記録ではなかった。
この“死んだ世界”で生き延びた私が、
再び相棒となるための準備書だったのかもしれない。
私は立ち上がり、コートを羽織った。
そして、二人の“異なる世界の男たち”と共に、扉の外へ歩み出た。
多元宇宙の裂け目の向こうには、まだ見ぬ異界が待っている。
そしてそのすべてに、“名探偵”と“相棒”の物語が刻まれるだろう。
シャーロック・ホームズの異界録 VI:蘇る死者の街 S.HAYA @spawnhaya
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