第2章 血の地下鉄道

 ロンドン陥落から、三ヶ月が経過した。


 私、ジョン・H・ワトソンは、今やセント・メアリ=ルボン病院跡の地下に設けられた臨時の避難所で、医師として、あるいは単なる生存者として日々を送っていた。


 地上は、もはや人の世界ではなかった。


 ゾンビ――いや、あえてこの言葉を用いるが、あの“蘇った死者”たちは、日ごとにその数を増し、そしてその“進化”を見せ始めていた。単なる腐肉の彷徨ではない。中には道具を使う個体、群れを統率するような存在まで現れたという報告もある。


 私は、あの朝、ベイカー街を後にしてから、幾度も命を落としかけた。市街地の地獄をくぐり抜け、焼け落ちた橋の上を渡り、瓦礫に変わり果てたリージェントパークを越え、ようやくこの地下にたどり着いたのだ。


 そこには、まだ生きている人々がいた。


 軍の残党、市民、元警官、神父、子供たち。皆、静かに、しかし確かに“ここにいる”という実感を持ちながら暮らしていた。


 だが、絶望の方が、希望よりも常に声が大きかった。


 「また一つ、バリケードが破られました。南側通路が……」


 報告を受けた私は、地図の上に指を走らせる。


 「次は……グロスター・ロード方面だな。そこの線路は封鎖済みか?」


 「はい、先週のうちに爆破してあります」


 冷たい言葉が交わされる。誰もが戦場に慣れすぎていた。生き延びることと、生きることの違いを忘れ始めていた。



 そんな中、ある報せが届いた。


 「ホームズの目撃情報があった」


 その言葉は、まるで死んだ心臓が再び脈打つような衝撃を私に与えた。


 「どこだ? どこでだ?」


 「ノーザン線の地下区画、旧ハイゲート駅です。……“黒いコートの男”が、ゾンビの群れを一掃したと」


 それは、確かに彼の“影”だった。


 私は即座に出発の支度を始めた。拳銃、薬品、地図。迷いはなかった。


 “あの人間が変わっていたとしても、私は確かめなければならない”


 それが、私とホームズの約束だった。どれだけ年月が経とうと、どれだけ人が変わろうと――いや、人間でなくなったとしても。


 地下鉄道は、今や死者たちの道だった。


 腐臭と血にまみれたトンネルを、私は進む。頭の中では、ずっと同じ問いがこだましていた。


 「ホームズ。君は――今、どこで何をしている?」

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