三月のベッドと、それを囲む潜在意識

竜見千晴

電車は変化の兆し

 瞼越しでも感じる人口味のある光。

 腰から伝わってくる少し激しめの振動。

 そして潮騒のような、いや、電車の音が聞こえる──。



 はっ、と私は体を跳ね上げ飛び起きた。


 しまった、居眠りをしてしまった。電車の中だというのに。

 軽くあくびをして、目を擦る。人はほとんどいない。車窓から見えるのは、見慣れない景色だ。

 色鮮やかで奇麗だが、「これは山だ」というように、見えるものを形容することができない。地面についている「何か」があれば、重力など存在しないように浮く「何か」もある。

 そもそも実態はあるのだろうか。どこまで続いているのだろうか。初めての時はパニックになったなと思い出す。


 確かあの時は、私が殺してしまったらしい、クラスメイトの紗代がいた。怒鳴られて、恨まれて(恨みたいのはこっちの方だけど)散々な目にあったが、私がこの電車に乗った駅──天国で別れて以降、姿は見ていない。


 手元のもらった紙を改めて見る。

『★特別サービス! お盆前に現世へGO★

 天国にお住いのあなたへ、あまりにもかわいそうな死因なので、サービスです!

 現世の滞在時間は十二時間。楽しんできてください♪

 ※なおこの書類は天国⇔現世の往復券も兼ねます』

 随分と軽い口調だが──



 忘れもしない。三か月前の昼休み、私は紗代に殺された。

 紗代は私の友達だった。中学生になって初めてできた友達で、学校生活のほとんどを一緒に過ごした。

 だがある日、すれ違いが生じる。半年前、私は人生初の彼氏ができたのだ。紗代は最大の祝福を送ってくれた……ように見えたが、実は紗代も、私の彼氏のことが好きだったらしい。今思えば、実にくだらない内容だ。

 明らかに二人の会話の数が減った。紗代は別の子たちとつるむようになり、気が付いたら卒業まであと少しとなっていた。

 そして事件が起こる。

 昼休み、彼氏といると、向かいに紗代が一人で歩いているのを見た。声をかけようか、でもこの状況だと気まずいよね、と悩んでいるうちにこちらに近づいてきた。

 そして、何も言わずに──私を刺した。


 お腹に激痛が走る。

「あんたのせいで! うちに……ないんだ! あん……のせ……!」

 紗代が何か言っているけど、痛すぎて聞き取れない。それよりもあまりの身勝手さと痛さに腹が立った。私のおなかにナイフを刺して動かない紗代の肩をもって、床に倒した。

「知らないよ、そんなの! 知らない!」

 精一杯の声を出すけどなぜか返事が聞こえない。

「意味が分からないよ……!なんで、なんで、なんで!」

「死にたくなんか……ないのに……」

 ここで私、絶命。ナイフ一刺しで、あっけなく死んでしまいました。


 それからのことは何も知らない。紗代に関しても、さっきの通りだ。



 さすがに神様とやらも可哀想だと思ったのか、あのような紙をくれたのだろう。

 今はきっとゴールデンウィーク。乗客の少なさをみる限り、周りも同じようなラッキーな人だと察した。


 紙から目を離す。窓からの景色が大分現実味を帯びてきた。実態を感じる、複雑で奥深い色合いの山や海。そろそろ現世だ。


 ここから詳しいことは覚えていない。幽霊だから、どうにでもなったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る