お前ら全員、無能すぎる。
あかねれいな
第1話 信じろよっ!!
朝の廊下は外の鳥の囀りさえ響き渡るほど静かだった。きっと今日が月曜日だからだろう。しかし、エルシィ、リアナ、
「皆さん、相談があるのですが……」
リアナが声を潜めて切り出す。
「分かってる、
すかさず答えた姫菜に、リアナはパッと明るい表情をして目を輝かせた。
「さすが姫菜!以心伝心ですね‼︎」
「いやいや、誰でもわかるって〜。だって朝からずっと様子おかしいじゃん」
エルシィは肩をすくめ、二年二組の教室を覗き込む。すると、リアナと姫菜も同じように教室をのぞいた。
普段ならクラスの中心で笑っている麗霞が、今日は机に突っ伏して精霊と会話していた。
「やっぱり、いつもの麗霞じゃない……」
「食事の時も、ずっとあんな感じでしたし……」
「リシャだけならまだしも、紅兄まで……」
昨日までは普通だった二人が今朝になったらまるで別人のようになっていた。まるで――大きなショックを受けたみたいに。
「……オレがどーしたんだ?」
背後から声がして振り返ると、そこには紅運(?)がズボンのポケットに手を入れて立っていた。
リアナは息を呑み、顔から血の気を失った。
――髪が、短い。
「な、な、なんで……!紅運の髪が……⁉︎」
「え…?なんだよその顔!幽霊を見たわけでもないんだからそんな顔すんなよ‼︎」
リアナは混乱しながら姫菜にしがみつき、叫ぶ。
「私の
「ちょ、リアナ落ち着いて‼︎」
「落ち着けるわけないでしょ!ついこの前まで“俺はこの髪型が気に入っているんだ。切るわけがない”って言ってたのにっ!」
一方でエルシィは涙目になり幸運を凝視していた。
「紅兄……?人違いですよね……?だって、紅兄はこんなんじゃないですもんね…」
「はぁ⁉︎オレだってオレ‼︎紅運だってば‼︎」
訳のわからないことを言い出すエルシィを見て目から鱗だった。必死になって否定するが彼女には紅運の声は聞こえていないようだった。
「でも……違うけど紅兄じゃないもん……」
「いや、だから紅運だってば‼︎」
紅運は頭を抱えた。
――紙を切っただけでここまで騒がれるなんて、予想外すぎる……!
放課後、麗霞の部屋に集まった五人は、今日の真実を聞き出そうとしていた。たった一晩でこんなにも変わってしまったのだ。きっと何かあったに違いない。
「で、どうしてあんなことになったのか教えてください」
リアナの声は静かだが、逃げ場を与えない。
麗霞はそっと紅運の方を見るが紅運は「オレは……麗霞に任せる」とだけ言い残し、紅茶を口にした。すると、麗霞は小さく頷き、震える声で言った。
「……信じてもらえるか分からないけど……私と紅運、一回タイムリープしてるんだ」
部屋の空気が一瞬で凍りつく。
「タイムリープ……?なにそれ……」
エルシィは笑おうとしたがどこかぎこちなかった。
「オレたちは、一度、ある未来を経験した」
紅運が低く告げる。皆、話を真剣に聞いていた。
「その未来は……森も池も、空でさえも消えて……世界がなくなる未来だった」
麗霞の言葉に、全員の顔色が変わる。
「冗談……じゃないですよね」
リアナが唇を噛み、姫菜は深く頷いた。
「麗霞が言うなら本当……」
「リシャは大事なとき、嘘つかないもん……」
麗霞は胸が熱くなり、思わず涙をこぼしそうになる。
「ありがとう、みんな……」
そのとき――麗霞の近くにいた一匹の鳥の形をした精霊が甲高く鳴いた。
「ねえ……リシャ、今の音なに?」
エルシィは耳を塞ぎながら眉をひそめた。
「え?変な音はなにもしてないけど……?」
麗霞が首を傾げると、紅運が何かを思い出した。
「……あー!そういうことか!」
「どういうこと紅兄……」
「お前ら、上級魔術師じゃないから精霊の言葉が理解できてないんだよ」
三人はぽかーんとした。
「はぁ?」
この中で上級魔術師は麗霞と紅運だけ。きっと麗霞も紅運もあの精霊が入っていることを理解しているようだ。そして何より、上級魔術師にさえなってしまえば、精霊の言葉が理解できるようになるらしい。見るからに、あれは重要なことを私たちに言いそうだ。
次の瞬間、エルシィが拳を突き上げた。
「じゃあ、きっまり!上級魔術師になれるまで訓練しよっ!」
一瞬エルシィの言葉を聞いて静まり返った。
「いいね……」
「私もやります!」
盛り上がる三人を横目に麗霞はポツリとつぶやいた。
「姫菜とリアナは百歩譲っていいとして……」
「そうだな……問題はエルシィだな、あいつ、まだ初級魔術師じゃないか」
一体いつになれば上級魔術師になれるのか、この時はまだ知る余地もなかったのであった。
……まったく、こんなことをしている場合じゃないのにな。
夜の帰り道。
寮へと続く石畳を、紅運とリアナは並んで歩いていた。さっきまで一緒にいたエルシィと姫菜とは寮の方向が違うため、別れた。
「結局どうして、紅運はあんなに性格が変わったんですか?」
リアナの声は静かだが、探るような鋭さを帯びていた。紅運はポケットに手を突っ込み、軽く笑って答えた。
「髪が長くて邪魔だったから、切っただけ」
「……髪のことは聞いていません」
リアナは足を止め、紅運をじっと見つめた。
「言葉使いまで変わった理由を聞いてるんです」
紅運は一瞬黙り込み、やがて低く答える。
「……タイムリープしたから、じゃないか?」
彼の言葉はどこか他人事のように聞こえた。なんだか、昨日までの紅運とは一番かけ離れているところ。それは本を読みながらご飯を食べるんじゃなくて、口調が違うからじゃなくて、性格が違うんじゃなくて……。ただ、ただ、他でもない紅運のことを言っているのにまるで自分のことではないように、他人事のように言葉を返す今の彼に違和感を覚えていたのだ。
リアナは少し笑い返した。疑いが確信に変わったのだ。
「……やっぱり、まだ何か隠してますね」
「はぁ?なに言ってんだよ……」
紅運は呆れたように言い残し、それでいてバレるのではと思い視線を逸らし、頭を掻いて必死に気にしていないふりをしていた。そんな姿を見て小さく息を吸い背を向けた。
「まったく、嘘が下手ですね……そう言うところは変わってないのに」
そういいながら鍵を開けてドアを開けた。
「おやすみなさい、紅運」
「……あぁ、おやすみ」
ドアが閉まるところを見送ると、苦笑いしながら自分の寮へと歩き始めた。夜風が短くなった髪を揺らした。
「リアナの勘、鋭すぎる……気をつけないと。もしバレたら……と言うかもうバレてるような気はするけれど……。きっと全てを知られてしまったら今のままではいられなくなるからな…」
紅運は独りごち、一晩のうちに何百年もの記憶を手にして戻ってきた紅運の初めての夜。そんな夜の闇に溶けるように消えていった。今までの記憶が薄れていってしまう合図が再び始まっていた。――今度はみんなが助かるといいな。そんな1ミリも満たないほど小さな希望を胸にした。
お前ら全員、無能すぎる。 あかねれいな @Re_in374
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