この世界は5分前に作られた
バンブー
プロローグ
プロローグ: 〔議論〕VRMMOはSFなのか?
――2010年。
◇
ここは千葉にある科学工業大学の講義室。
「ねぇねぇカツヤ君、
一番早い講義を終えた俺のあくびをさえぎる女友達が、ふざけた言葉のチョイスと裏腹に半ギレで隣に座ってくる。
「あーおはよう
「ウチの事はカオルで良いって前に言ったでしょ!」
「じゃあカオルで」
「そんな事よりSFオタクのカツヤ君に、この不条理な世の中に対するウチの怒りを聞いてほちぃ! ほちぃのおぉ!」
「わ、わかった聞くよ……あと、俺は洋画好きなだけでオタクじゃない」
頭に響くわざとらしいカオルのアニメ声。いつものテンションにげんなりしつつ話を聞く。
「カツヤ君……オタク同士、魂が共鳴し互いに引き合うものなのだよ」
「いいから本題を言え」
「あのね、最近WEB小説を読んでたんだけどさぁ」
WEB小説……聞いたことしかないが、インターネットで素人が自作の小説を投稿する所の事か。
一昔前は携帯小説なんて言われていた気がする。
「そこでカツヤ君に調教されてSFに目覚めちゃったウチが、SFジャンルの小説ランキングを上から下まで読んで見た訳よ!」
「SFが卑猥なものに聞こえるな。一緒に映画を観に行っただけだろ」
「うんうん、付き合っても居ない男女でデート……その後、何もなかった訳もなく」
「何も無かったしデ、デートじゃないだろ! レディースディだから二人で行って割り引きされるから一緒に行っただけだ!」
またまた~と肩を叩いてくるカオル。
一緒に映画へ行った日、コイツの方がガチガチ緊張していたのは黙っておこう。
話が脱線する。
「それで、小説ランキングがなんだって?」
「そうだそうだ! SFジャンルをずらっと読んでみたらさ! 上から下まで
VRMMOを生成する壊れた蓄音機になったカオルを止める。
「ま、待て! VRMMOってそもそもなんだ?」
「よくあるのがゴーグルの付いたヘルメットを装着してゴーグルの中で広がるゲームで体感しながら遊ぶ奴だよ。レベル上げてスキルを手に入れて、かわいい女の子と仲良くなって、ギルドを作ってだね……」
話がまとまっていないし長い。
カオルの話を掻い摘まんで整理していく。
「……そうか、
「思いふけってる場合じゃない! だいたいフルダイブなんとかっていうシステムでゲームの世界に意識を入れ込んでネトゲーをする作品が多い! 多すぎる! これじゃあSFジャンルじゃなくてVRMMOってジャンルになってるんだよ! これじゃあカツヤ君みたいなSFガチ勢が可愛そうだよ! 布教しようよ、二人でSFのなんたるかを知らしめてやろうよ!」
言いたいことはわかるが、別にWEB小説を読まない俺としてはサイトのランキングとかどうでもいい。でも、興奮しているカオルを落ち着かせる為にもしっかり話し合った方がいいだろうな。
俺も気になる議題だし。
〔議論開始〕VRMMOはSFなのか?
肯定派
・松本カツヤ
否定派
・竹内カオル
まずは、俺の考えと立ち位置を明確にしておこう。
今の話だけでは俺の意見はVRMMOはSF肯定派だ。
【松本 カツヤ】
「カオル、お前の気持ちもわかるがVRMMOがSFかどうかって話を言うなら俺はSFジャンルで良いと思う」
【竹人 カオル】
「えー! まさかカツヤ君の手の平返し、これはネトラレか! 狡猾なVRMMOにカツヤ君がNTRされた!」
【松本 カツヤ】
「落ち着けよ! そもそも仮想現実を舞台にした物語は1980年代から存在するSF作品の定番設定だ。
更に言うと去年の2009年、仮想現実を舞台にしたアニメが話題になった。
そして欧米でも未知の惑星を舞台に宇宙人の身体を操作する作品が世界的にヒットした。 自分の分身を操作するといった形式は、昔も今も人気なSF作品って言うのは否定できない。
それがWEB小説でも首位独占しているというのは不思議でもなんでもない」
【竹人 カオル】
「さすがSFオタクのカツヤ君! 今日も早口SFトークが光りますね!」
【松本 カツヤ】
「だからオタクじゃなくSF好きだ!」
【竹人 カオル】
「うーん……VRMMOっていう舞台設定が人気なのはわかったよ。でも問題はそこじゃないんだよにゃー」
とりあえずSFジャンルであることは理解したか。
でも、カオルの不満点があるみたいだ。
今度はその問題点を掘り下げるか。
〔議論追求〕カオルの抱える問題点の抽出
俺は聞き手に回ってカオルの言いたいこと聞こう。
だが、長そうな気がするからある程度聞き流そう。
概要を摘まんでいけば良いかもな。
【竹人 カオル】
「だいたいの作品は最初にVRゴーグルを使っているんだけど、話が進むとゲームの設定の話や恋愛話やら、人間関係のいざこざが始まったりすんだよ!
それにVRである設定を完全に忘れたみたいに話が進んでいって、仮想現実っていうことを忘れてるのを読んでて感じ取っちゃうんだよ読んでる側はさ!
なら最初っから異世界転生とかファンタジーのジャンルとして書けば良いのにさって感じなんだよ!
その逆もあってさ、ただイチャイチャダラダラのコメディが続くだけで話が進展しないのも多くてさ、それVRでやるんじゃなくて普通のMMOのネトゲーって設定でやれば良いんじゃんって作品も多いんだよ!
そりゃあ全部が全部悪いって訳じゃないよ! でもね、ウチは一言物申したい!
VRって設定をもっと上手く使えよおおおぉぉぉ……ってね☆!」
ようやく言い終わったみたいだ。
【松本 カツヤ】
「あー……俺があんまりそういうのを読んでないから間違っているかもしれないけど、あれだろ? 例えるならサメ映画だけど、サメが出てこないって感じだろ?」
【竹人 カオル】
「おー、良いねその例え! そう言うことだよ! たぶん監督自身がサメ映画であることを忘れてるって感じ!」
それは楽しみで読んだ側としては最悪だな……
でも、万国共通でそういう作品なんて結構あるってことだな。
【松本 カツヤ】
「言いたいことはわかった。作者の技量もあるとは思うが、SFの定義がそのサイトも悪いのかもしれないな」
【竹人 カオル】
「SFの定義?」
【松本 カツヤ】
「これはSFというジャンルの性質による問題もある。それを今から話すぞ」
【竹人 カオル】
「よ! 待ってました!」
何を待っていたんだ。
とりあえず俺の知る限りを語ってやろうじゃないか。
〔議論変更〕SFというジャンルの抱える性質の見直し
【松本 カツヤ】
「作品毎に面白さの見方が違うと思うんだ。
ファンタジーなら魔法の派手さとか冒険や魔物と戦ったり。
恋愛なんかは、まさに登場人物達の恋愛模様にやきもきする所だろ?」
【竹人 カオル】
「BLとか百合とか異性だけじゃなくて同性同士でも、大雑把に恋愛って言えちゃうもんね! キマシタワー」
【松本 カツヤ】
「ん? うん、まあそういう事だ。それじゃあSFって何が面白くて観るかって考えてみるか」
カオルが「うーん」としばらく悩み沈黙する。答えが出なさそうなので、俺の考えを言ってしまう。
【松本 カツヤ】
「俺の考察だがSFは舞台装置と、それがありえそうだ思わせる根拠だと思ってる」
【竹人 カオル】
「舞台装置? 根拠?」
【松本 カツヤ】
「SFの題材はVRMMOだけじゃない、タイムマシンやパラレルワールドなんかの思考実験で出てくる内容が、現実で可能になりそれが物語の主軸になることがまあまあある」
【竹人 カオル】
「あー、ループものとかね! 死に戻りみたいな!」
【松本 カツヤ】
「ループものも多いけど、それに絞ると一つずつ話すことになるから流すぞ。
要は思考実験といわれる論理的思考による仮説を作品中で引き起こすジャンルだ。
その舞台装置をリアルで印象に残させるためには、実際に起こりうる積み重ねられたもっともらしい根拠が必要になる。
この《舞台装置》と《根拠》、この二つがしっかり作られた作品を俺達SF好きはサイエンスフィクションと認めるんだろうなと薄ら考えていたんだ」
【竹人 カオル】
「かあぁぁぁ……全然わからない」
カオルが宇宙を見るように遠い目をし始めた。語りはこれくらいにしないとな。
【松本 カツヤ】
「もう少し頑張ってくれ。舞台装置と根拠がSFの強みだと言ったが、逆にそれ以外の要素は他ジャンルより弱いとも言えるんだ。
例えばタイムマシンもので人間関係は恋愛ものに特化した作品があるとする。
さあ、これはジャンルがSFと言えるのか? それとも恋愛なのか?」
ようやく話がわかるラインに戻ってきたのか、カオルはハッと我に返り考え出す。
【竹人 カオル】
「な、なるほど……確かにそういう恋愛ものの邦画が結構あるね。
タイムマシンはちゃんと使ってるけど、明らかにメインは恋愛模様を描きたいんだろうなって趣旨を感じる例だね」
【松本 カツヤ】
「更にこれが戦国時代にタイムスリップみたいな設定が入ってきたら歴史改変もの、または架空史実ものという歴史ジャンルにもなってしまう。
だからこそ、舞台装置に対する根拠の強さが必要になる。
制作者がしっかりSFを意識しないとどのジャンルも取り込みやいし、取り込まれやすい性質があるんだ」
〔議論収集〕何故VRMMOをSFと思えなかったのか?
それじゃあ、この話もまとめに入ろう。
【松本 カツヤ】
「最初の話に戻るが、カオルが何故VRMMO作品をSFだと感じなかったのか」
【竹人 カオル】
「他のジャンルに取り込まれた作品だったってことだよね?」
【松本 カツヤ】
「恐らくそうだと思う。仮想現実という設定よりも、そのゲーム世界で遊ぶ事や恋愛することが主軸で作った作品なんじゃないか?
作者の技量が……なんてさっき言っちまったが、そもそも素人が無料で投稿してくれているものケチを付けて仕方ないしな……
それに、その作品を好んでいる人達もいるからランキングに上がっている。
それを否定する必要はないさ。ゲームってジャンルがそのサイトにあったら良かったなって話だ」
【竹人 カオル】
「でも、カツヤ君は良いの? サイエンスフィクションの面白さが世の中から廃れちゃうかも……」
【松本 カツヤ】
「ああ……別に。寧ろこれを切っ掛けにSFへ興味を持つ人が増えることを願うよ」
【竹人 カオル】
「ええ?」
【松本 カツヤ】
「そもそも、マニアックなジャンルではあるし、苦手な人もいる。無理強いするのは逆に人から遠ざけてしまう。
世の中から認知されなくても、俺みたいな物好きが確実にいる。
その事実がある限り、SFという概念はなくならないからな」
【竹人 カオル】
「ズキューン!?」
〔議論終了〕
と、長く語り終わった所でカオルは叫ぶ。
「……感動した!」
「何がだ?」
真剣な表情で彼女は俺を真っ直ぐ見る。
「ウチは、好きな物を押しつけていた典型的なウザい奴になってたのかもしれない。趣味を強要するのは良くない。そんな大事なことを気づかせてくれた。ウチは忘れていたんだオタクソウルを!」
よくわからないけどわかった。
人それぞれの価値観で創作は出来ているからな。
SFもサイエンスフィクションだけでなく、スペースファンタジーや少し不思議なんかも略称とされているから定義がそもそも曖昧だし。
「でも、カオルのモヤモヤしていた気持ちはわかる。さっきのサメの出ないサメ映画みたないSFを読んだら俺もブチギレてブラウザバックするかもしれない」
あくまで無料だから気持ち的に許せるが、これが1800円払って観た映画ならスクリーンにポップコーンをぶちまけて帰るほどキレ散らかすかもしれない。
冷静になってきたカオルが続ける。
「前から思ってたけど、カツヤ君って意外と冷静に分析出来るよね。映画一緒に観てた時もレビュアーみたいに感想言ってたし」
「まあ、今回は小説っていう俺にとってはどうでも良いジャンルで起きてるSFの話だから感情的にならなかったのかもな。お前から聞いた話っていうのもあるし」
「え!? カツヤ君小説読まないの!?」
「読まないな。活字読むのもめんどくさいだろ」
「SF小説とか読まないの!?」
SF小説か……
「読まないな。やっぱり2時間でしっかり終わる映画が一番だろ!」
こうして俺達のSF談義は終わった。
なんやかんや俺とカオルは新しいSFが上映される度一緒に観に行き。
自然の流れで付き合う事になる。
そして3年後には正式に結婚し、娘もできるなんてこの時は考えていなかった。
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