第26話 御幸 綯留子 編 過去③
「そうなんだ……じゃあ大丈夫そうだねっ」
榛くんに内心を悟られぬように、努めて明るい声を出す。
「うん、大丈夫。それにいつまでも、綯留子に迷惑をかけるわけにもいかないしな」
優しく微笑みながらそう言う、榛くん。
やっぱり、優しいな。
───でも、今日はその優しさが心臓に痛い。
「あんまり渡是さんに迷惑かけちゃダメだからね?」
「わかってるよ。はは、相変わらず綯留子は心配性だな」
心配になるのは当たり前だ。
だってこれ以上、渡是さんに近づかれたら……!
───近づかれたら、何なのだろう。
榛くんが渡是さんと、もっと仲良くなって。
会う時間が増えて。
そうすると、私と会う時間が減る。
あぁ、そうか。
だから、私はショックを受けているんだね。
先ほどから呼吸がし辛いのも、心臓の拍動が耳に煩いのも、止まらない手汗も、全部そのせい。
理由が分かってしまえば、段々と痛みが治っていく。
よかった……。
なんて一安心していたら榛くんが、ビックリした目で私を見ていた。
どうしたの? なにかあったの?
そう尋ねようとしたら、榛くんは心配そうにこちらを見て、言う。
「大丈夫か、綯留子? 目から涙が……!」
「えっ、涙!?」
思わず聞き返せば、頬を伝う、何かの感触。
それを確認するように手を伸ばせば、指先がジワリと濡れた。
ホントだ。私、泣いてるんだ。
榛くんと会う時間が少し減っちゃうだけなのに。
きっと、それだけのことなのに。
「えへへ、おかしいね。 なんで、私泣いてるんだろっ」
取り繕う様に言いながら、慌てて目を擦る。
それでもすぐに視界は歪み、頬に一筋、また一筋と流れ落ちていく。
「ご、ごめんねっ、気持ち悪いよねっ!」
堪えきれなくなった私は下を向くと、手にぽつりぽつりと大粒の涙が落ちてくる。
なんでよっ!早く止まってよ!
強く思うほどに溢れ出る涙はどんどんと多くなっていって───
「綯留子っ!」
「えっ!?」
そんな時、急に榛くんに抱き留められた。
彼の手が、触れ合っている部分がとても温かい。
冷え切った顔も、急速に熱を帯びていった。
「大丈夫か、綯留子」
「う、うん」
さっきまでは焦りとか悲しみで一杯だったのに、今は嬉しすぎて、全然大丈夫じゃなかった。
心臓、すごいバクバクって音立ててるし。
バレちゃったら恥ずかしいから、少しだけ榛くんから距離を離して。
でも、すぐ彼の温もりが欲しくなってまた距離を近づければ、榛くんの手が私の背中を撫でてくる。
「落ち着けようと、思って抱きしめちゃったんだけど……大丈夫?」
さっきまであんなにかっこよかったのに、急にそんなことを言ってくる榛くん。
そのギャップで思わず笑ってしまう。
「ふふっ……大丈夫だよっ!」
「わ、笑うなよ……。もう安心したか?」
「まだだよ、全然まだまだっ」
とっくに涙も止まっているし、先ほどまでの嫌な疼きも無くなっている。
でも、前までみたいな仲の良さでお話が出来る喜び。
抱きしめられている嬉しさ、温かさ。
全部を手放したくない私は、もっと甘えて言う。
「今日はもう、ずっとこうしてもらおうかなぁ♡」
「そ、そんなこと出来るわけないだろ!?」
「ぶー、榛くんの甲斐性なしー!」
「……まったく」
呆れた様な声でそう言いながらも抱きしめ続けてくれる榛くんの優しさを、私はいつまでも噛み締め続けた。
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やり直しているはずの青春がやけにドロドロしている。 うるちまたむ @hetaredrummer
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