第4話【アジト奇襲作戦会議】

「今回攻め入る場所ですが、エウディア西部、セイアリアとの境界付近の酒場です」


 昼光色の魔石灯が太陽のように中央から明るく各人を照らす、一つの机を囲む中でアルベルが取り出したのは一枚の地図だ。紙面上に美しい長方形が立ち並ぶ、均等に区画整理されているのはエウディアの特徴だ。


「そう。プロヴェナ本部がここで、向かうのはここよ。歩いてぎりぎり二時間かからないくらいかしらね」

「ほう?結構分かり易い場所じゃねぇか」

「そうね、アジトとしてはお粗末かもしれない」


 指で地図上の二点を順に差すルフト。目的の場所は大通りから少し外れた場所ではあるが、他の建物よりも二、三倍ほど広い敷地を有しているようだ。


 クライヴが目を見開いているように、こちらも同じ感想を抱いていた。

 酒場を組織の隠れ蓑とする、それなりの構成員が居る以上はそれなりの大きさが必要であろう。しかしアジトと聞いて誰でもイメージしやすい場所であるのも、また事実だ。


「酒場の出入口は三か所で、北側の正面玄関と南側に裏口、そして地下道です」

「地下道・・・?」


 続くアルベルの説明に声を上げたのはレンリだった。


「そうよ。奴らが攻め込まれた時の逃げ道で、そのまま地下水路、そして近くの公園まで繋がってるの。幹部級の奴らはここを良く通るのよね」

「なるほど・・・?」


 首を捻るレンリに微笑みかけながら答えるルフト。その微笑みは至って自然だった。


「いや待ってくれ」

「なぁに?ヘレンちゃん」


 しかしその自然な態度にはどうしても物申したい、物理的に会話を切るように手を挙げる。これまで押し黙っていた分、他の四人の注目を一心に受けるが臆することなく口を開く。


「———何でそんなことまで分かっているんだ?情報の出所はどこだ?」


 つい先日に相手の術中に嵌まった身からすれば、狡猾なサニティメシスからこう易々と情報が出るとは思えないのだ。

 不確かな情報筋ならば罠の可能性も十分有り得るはず。


「あら、それ聞いちゃうのかしら?」


 目を細めたルフトが悪戯っぽく口端を歪めた。何かを知っているような口ぶり、まるで訊くことを分かっていたかのようだ。


「・・・奴らは平気で騙すからな。信用できねぇ」


 僅かな逡巡の後に核心は濁しながら呟く。その回答に一瞬レンリが眉を顰めていたが、敢えて気づかない振りを貫くことにした。


「そう?でも安心してちょうだい、この情報源は私なんだから」


 ルフトが胸に手を当てて余裕のある態度で答えた。それと同時に意味深に上がっていた口角が、徐々に柔和なものへと変わっていく。


「どういうことなんだ?」

「私から説明しましょう」


 その回答ではまだ要領を得ない、眉を寄せた瞬間に声を出したのは眼鏡を掛け直すアルベルだった。


「ルフトさんには本部からの密命でスパイとして、サニティメシスに潜入してもらっていたのです」

「なるほどな・・・だから情報源ってか」

「『ルフトさんのお陰で作戦が決行できる』というのも、彼女の情報で、攻め入るだけの準備が整ったと判断したためです」


 掌をルフトへと向けて、紹介の意を込めたアルベルの説明にようやく得心がいく。先ほどレンリが「久しぶり」と声を掛けていたのも、プロヴェナへの貢献度二位というのも合点がいく。


「そういうことよ。分かったかしら、ヘレンちゃん?」

「・・・・・・あぁ」


 ルフトが見せた微笑みはどこか自慢げだった。端正な顔つきから繰り出される魔性の笑み、それでも尚胸の中の暗雲は立ち込めたまま。


(スパイ、か・・・)

 否、不安の暗雲というよりは別の思惑が浮かび上がる。

 長らくサニティメシスに身を寄せていた彼女であれば、組織にまつわる様々な情報を握っているはず。


 内部の重要な情報、例えば人体実験の話までも————


「あらあら、そんな熱い視線を贈るなんて火傷しちゃうわ?」


 彼女の声に意識を現実に引き戻すと視界には、ニタリと頬を歪ませるルフトの姿。爛々と目を輝かせて艶のある唇を濡らす、さながら獲物を前にした猫だ。


「・・・・・・っ」

「・・・さて、話を戻しますが」


 『情報を奪おうとすれば逆に何もかもを奪われかねない』、そんな予感が全身を駆け巡る。しかし咳払いをするアルベルによって立ちあがった鳥肌が戻っていく。


「攻めるのは三か所。まだ新人であるヘレンさんはレンリさんと共に正面を、クライヴさんは裏口を、ルフトさんは地下道を同時に奇襲し、一網打尽にするという作戦です」


 アルベルが手で地図上の三か所を順に差しながらも、各人と目を合わせていく。

 無意識か、交錯する視線がレンリ達より長いように感じられるが、寧ろ睨み返す気概を持って受けて立つ。


「んー・・・いや、俺が正面の方が良いんじゃねぇか?正面が陽動だとしたら、裏口か地下道に逃げるはずだ。なら、裏口に戦力は集中させるべきだろ?」


 そんな空中戦の最中、腕を組みつつ口を開いたのはクライヴだった。普段の熱の籠った言葉でなく、至って冷静な分析を語る彼の姿はまさしく熟練の団員。


「確かに、クライヴちゃんの言う通りね。裏口と正面は交換、二人ともそれで良いかしら?」


 小さく頷きながら送られるルフトの視線は、先のアルベルの物とはまた違って人間味のあるものだった。同じく切れ長な眼から発せられても、熱のある柔らかなその視線に応えるように大きく頷く。


「うん、それじゃ僕達は裏口からだね」

「えぇ、助かるわ。ありがとうね?」


 隣に座るレンリも普段の笑顔を浮かべて首肯している。

 笑顔で頷き返すルフトに先ほどの狩人のような目の輝きは皆無、優雅な貴婦人にすら思わせる華やかな笑みに僅かに胸が跳ねる。

 ころころとその表情を変えていく、サニティメシスの懐に忍ぶ技量は本物のようだ。


「だが、突入の合図はどうするんだ?同時に行かなきゃ奇襲の意味が薄れちまうだろ?」


 そんな胸中は露知らず、今も腕組むクライヴによって現在が作戦会議中であるという現実に引き戻された。あくまで慎重、凶悪なサニティメシス相手に彼は単独でアジトを壊滅させた、その実績も今は納得できる。


「それは・・・これを使うの」

「これは・・・魔石?」


 クライヴが投げた疑問に答えるように、ルフトが懐から取り出したのは小さな石だった。机上を滑らせて各人に配られた黒光りするその物体は、触れるとほんの僅かに発光していることが伺える。


「そう。最近見つかった旧ヴァディール王国の加工技術を流用した魔石。触れて念じるだけで遠くの相手に声を届けられるの。凄いでしょ?」

「なるほど・・・凄いな」


 魔物を倒すことで稀に手に入る魔力の結晶————魔石。少し前にレンリからそんな説明を聞いたような覚えがある。


 基本的に魔物を動かしているのは魔力であり、本来は全身を巡っているため霧散してしまうが、時折体内でそれらが蓄積することで魔石を形成する、らしい。

 それ以前に魔力というものを一から説明をされてはいないのだが、レンリに話を聞いても濁した説明、というより『そういうもの』として馴染んでいるらしい。


 ちなみに現代では軽く加工して燃料や光源といったエネルギー源としての利用程度だが、かつての旧ヴァディール王国では特殊な魔石加工技術により、現代すらも超える高度な発展を遂げていた、という内容の文献を読んだことがある——————ティナが居た時の戯れで。


(・・・・・・っ)


 光の中で一瞬映るティナの笑顔。

 まさかこんな流れでフラッシュバックするとは想定外だ。

 無意識に溢れかけた涙を、奥歯を噛み締めることでどうにか上書きしていく—————。



「そんなもんまで出来てるのか、魔石加工は・・・武器に埋め込めば念じれば・・・いや・・・それよりも小手とか・・・」


 少しだけ意識が逸れていたが、またしても現実に目を向けるとクライヴが急に懐からノートを取り出して、何やらぶつぶつと呟きながら書き始めていた。

 新しい武器のアイデアでも浮かんだのだろうか、鍛冶屋としての本能か、彼の表情は真剣そのものだ。


「クライヴちゃん?良いかしら?」

「・・・・・・ん、あぁ、すまん!!悪いな」


 声の主、通信魔石を指先で弄ぶルフトはどこか暇そうにしている。それでも発声するのをクライヴが一度ペンを置いたタイミングにする辺りに、彼女の優しさが垣間見えるようだ。

 対するクライヴも片手で謝る程度で普段と変わらぬ熱を帯びており、二人とも作戦前だが随分と余裕そうに目に映る。


「で、これで連絡するってことか」

「そういうこと。私が合図をするから、それで一斉に酒場に攻め込むって算段ね」

「おう、分かったぜ!」


 最初は手に取った魔石を興味深く眺めるクライヴだったが、固まった方針に賛同しながらも既に懐へと魔石を仕舞っていた。自分達もそれに倣ってポケットやポーチへと魔石を仕舞う事にした。


「大まかな内容はこの程度でしょうか、この作戦でアジトの一つを潰した後に、他のアジトの位置などサニティメシスに通ずる証拠を集めてもらいたい、というのが今回の作戦の概要となります。何か質問はあるでしょうか?」


 各人挙手はしない、その代わりに闘志を漲らせた輝く瞳で互いに見つめ合う。


「よっしゃ!それなら早速出ようぜ。早いに越したことはねぇからな!!」

「そうね、移動中でも確認は出来るし、行きましょうか」

「分かりました。吉報をお待ちしております」


 クライヴの発破と共に全員が立ち上がり、会議室を後にする。

 アルベルの恭しいお辞儀を背に受けながら、扉が静かに閉まった。


 廊下を歩む三人の背中を、じっと眺めながら拳を握り締める。


(絶対に——)


 アジト奇襲作戦が、始まる。


 否、俺にとっては作戦ではなく弔い合戦だ。


(ティナの仇を——)


 黒い思惑は、誰に悟られることもなく燻ったまま————。


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