第16話【奸計】

 夜闇の倉庫街を駆ける。決意と共に向かうはただ一点、咥えた煙草を隅に吹き捨てる、入口に待ち構えた男のもとへ。


 数分前なら男を撥ね退けて向こう見ずに突撃していただろう。しかし今は『ティナを連れて全員で生きて帰る』事が第一目標にして必須条件。


 倉庫の入口でその脚を止めて大剣を、体の前面へと構える。敵お得意の不意打ちに備えた防御態勢、それでも内に秘める闘志は誰よりも。


「・・・・・」

 目前で相手も武器を出す。既に互いに臨戦態勢、一触即発の空気がこの場を支配する。

 一人は短剣を構え、一人は銃口を向ける。

 フードの隙間からはギラついた瞳、その瞳に込められた隠す気のない殺意を、燃える戦意で上書きせんとする。


「おいてめぇら、サニティメシスなんだろ?」

 片時も構えを解かずして口を開く。


「・・・・・」

 敵影二人は話さない、代わりに身体を揺らすのみ。

 冷ややかな潮風がフード付きの外套を揺らす。




「少し、聞きてぇことがあるんだが良いか?」

「・・・」

 勿論全く反応は無い。


(明らかに前の奴と違う・・・)

 記憶にあるのは高らかに哄笑しつつも、その実、まともに戦闘をこなしたことの無い連中だった。

 しかし目の前の男は一言も発さぬままに、こちらへと絶えず注意を向けている。

 そして揺らめく影は得体の知れない不気味さを醸し出している。


 門番には戦闘に慣れた人選。逆を言えば、この倉庫はそれだけサニティメシスの要衝たり得る何かが―――ある。


「お前たちの中に女の子一人、誘拐したやつは居るか?」

 今にも斬り掛かる程に滾る炎を鎮めながらも問い掛ける。


「そして・・・その後ろの倉庫に隠しているんじゃねぇか?」

 顎で指すのは男の背後、巨大な錆びた鉄の引き戸の先に居るであろう、ティナ。



「・・・貴様、あの家の住人か」

 腹の底から唸る獣の如き呟きが、目の前の男から発せられる。



 その発言で予想が確信に変わる。

 

 『あの家』。


「なら、話が早ぇ!!」

 即座に意識を切り替えて、逸る気持ちのままに突貫する。

 視界に迫るは目を見開きつつも迫り来る、短剣の刃と黒い銃口。

 打ち払うために奔る足を踏み込みに換えて————


「どけっ!!」

「邪魔っ!!」

 背中から届くヴィルヘルムとレンリの怒声。


 一瞬にして背後から追い抜く二つの影、踏み込みかけた脚を再度推進力へ戻して走り切る。


 瞬きの最中、数歩先で散る火花と共に仰け反る黒フード達の横を走り抜けて。


 飛び付くように辿り着く扉前、冷たく錆びた鉄の取っ手に左手をかけて、大剣と同じく力の限り振り抜く————




「ティナっ!!!」















 そこにティナの姿は無かった。



「・・・来たか」

 代わりに佇むのはまたしても黒フード。中央の朽ちた木箱の上に座る一人から低い声が聞こえる。その声に呼応するように、隅に潜んでいた影が分裂するように増えていく。


(・・・罠かよ)

「ヘレン・・・!」

 少し遅れて入場するレンリが現状を察したようだ、詰まった声が背後から聞こえる。


「坊主、外にも居るからな」

 恐らく敵と相対しているのだろう、倉庫内に反響したヴィルヘルムの冷静な声が耳に届く。

 ヴィルヘルムの懸念していたとおりの現状、しかし三人であれば勝機は十分にある。


「ここでなら俺達を殺せると?」

 しかしティナは居ない、その外れた目論見に心の中で悪態をつきつつも、全方位に警戒を怠らない。静寂の間にも徐々に包囲網が形成されていく。


「・・・・・・」

 相対する黒フードの男は、言葉の代わりに小さく愉快そうに身体を揺らして、木箱から軽やかに飛び降りた。

 リーダー格の男、やはり先日のサニティメシスとは何もかも異なる。不気味で狡猾、レンリの語るサニティメシス像がこれ以上なく当てはまる姿。


「・・・舐められたもんだな、今更雑魚に興味はねぇよ」

 相手の冷ややかな嘲笑に、啖呵を切って様子を伺う。


(でもやけに・・・少ない。何か意味が・・・)

 取り巻く影の数は十数人ほどか、作戦として誘き出す罠にしては少ないようにも感じられる。

 故に奴らの奥の手は何かを探るために出方を窺う。


「・・・・・」

 周囲の黒フード達がゆらりと蠢き始める、懐から拳銃、短刀、壁に立て掛けていた槍を持ち始めた。


「じゃあ、ここにティナの・・・てめぇらが誘拐した女の子の場所を知っている奴は居るかっ!?」

「・・・・・・」

 倉庫外にまで響き渡る声、しかし返ってくるのは自分の反響した音のみ。


 掛ける言葉は既に尽きたということか。


「喋る気は無さそうだね・・・!」

 静かに息巻くレンリの声、勇ましい彼の構え姿が目に浮かぶ。



「それなら・・・・・!」

 奴らが話す気が無いのなら、こちらも相応の姿勢を取るまで。

 外れかかった天井から差し込む月光、照り返して尚、黒い大剣のグリップを握り締めて両脚を前後に広げる。


 目に捉えるは、倉庫の中央で嗤う男————


「—————ぶちのめして聞くまでだっ!!!」





——————————————




「っ・・・ちょこまかと!!」

 またしても壁を使って三角飛びで迫る刃を、反射的に大剣で打ち払い、今度はその持ち主ごと全力で振り抜く。

 飛び散る火花、同時に聞こえる苦悶の声は凄まじい速度で倉庫の壁にまで飛んでいき、その衝撃はまたも倉庫全体を軋ませる。



「・・・終わったか」

 小さな吐息と共に呟くヴィルヘルムの声が、再び静寂が訪れた倉庫に響き渡る。


「そう、みたいだね」

 同調するレンリの声を皮切りに自分も一つ深呼吸、一先ずの戦闘の終わりを実感する。


 構えを解いて周りを見渡しても、倒れているのは黒フード達だけ。


 壁際に倒れているのは俺やヴィルヘルムの打撃による吹き飛ばし、脚や腕を抑えて蹲るのはレンリの短剣による傷。すばしっこさに手間を取られたが、三人も居れば十分に対処出来るほどの戦力だ。


 それでも『話を聞く必要がある、命までは取らない』というものは全員の共通認識だったようだ。



 しかし荒い息を落ち着かせるのは一瞬。

 一番の目的が達成されていないのだ。

 大剣を構えて反撃を警戒しつつも、口から血を垂れ流すリーダー格の黒フードへと向かう。



「おい、ティナはどこだ!!」

 血と泥に汚れた襟を左手で掴み上げて、無理矢理に身体を起こして揺する。


 今もティナはどこかに居るはず、早く向かわなければ。



「くっくっく・・・はっはっは・・・・」


 起こす顔は月光に照らされて————未だ嗤っていた。


「何が・・・・っ!」

 薄ら寒い何かを振り解くように、男の身体を揺さぶって怒りで塗り潰す。


「・・・貴様の話は聞いていた。だが、我らがプロヴェナ相手に何も対策をしていない訳があるまい?」

「・・・・・っ」

 その言葉に戦闘前の予感がまたしてもよぎる。


 誘き出す囮作戦にしては少ない人数。ここで俺達を葬るにしては不足した戦力。


 咄嗟に目の前の男から視線を外して、周囲を警戒する。

 しかし少なくとも視界内には脅威となり得るものは————



「・・・大事なモノほど、手元に置かねば壊れてしまうぞ?」

「—————」

 血混じりの笑みに添えた不吉な言葉。

 大剣を男の首まで寄せるが、尚嗤うその顔は何かを確信した悦の笑み。



 見えない脅威が傍まで這い寄っている————



「そして貴様も———壊れて逝け」

「離れてっ!!!」



「っ!!?」

 突然の爆発、倉庫内を満たす閃光に咄嗟に大剣を盾に————







 しかし来るはずの衝撃波はいつまで経っても――――






「えっ・・・!?」


 爆弾かと構えた目論見はまたしても外れた、破裂音は頭上から。


 剣の陰から覗く。

 落ちかけた天井を突き破る花火、一筋の流星がエウディアの夜空へと打ち上がった。




 闇夜を裂く純白の光が空へ弾ける、一輪の大華。




 そして一瞬で夜闇に消えゆく儚い輝き。



 同時に訪れる静寂、背筋を悪寒が駆け巡る。



 それは祝祭ではなく、破滅の狼煙。


「———————!!!」

「ぅ・・・!!?」

 突然の絶叫。幾重にも重なったようなおぞましい叫びに身を竦める。



 しかし聞き覚えがある、地下水路で聞いたあの魔物の断末魔の叫びと同じく、頭を中から掻き回すような不協和音の大合唱。




 唯一の違う点は、大合唱の中に悲痛な少女の嗚咽のような————



「ティナ、かっ・・・!?」


 胸を焼く焦燥感。


 抱いた懸念は全身を突き動かす。


 浮かんだ最悪の想定が、カタチを成していく。


「行くぞっ!!」

 声のする方向は倉庫の壁のその先、ヴィルヘルムの掛け声を待たずして倉庫の入口へと疾走する。


「あれかっ!!」

 入口から飛び出して向かうは外、何もないと踏んでいた、寂れた小屋。


 月明かりの照らす暗い路地を、願いと共に駆け抜ける。




 一瞬、風が止んだ。



 次の瞬間————





「ギャアアアア—————」

 壊れた窓から静寂をつんざく男の低い悲鳴が響き、小屋全体が大きく揺れる。


 恐怖の混じった、明らかな断末魔の叫び、不快な絶叫の輪唱があの小屋の中で行われている—————



「何がっ・・・・!?」


 まさか―――――






※次回、閲覧注意。

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