異世界転生×ユニークスキル 【デパート】で無双する!?
月神世一
デパートの勇者
やり直したいと願った男
薄暗い、六畳一間。それが佐々木大輝(ささき だいき)、30歳の世界の全てだった。
カーテンは一年中閉め切られ、部屋の明かりは唯一、パソコンのモニターが放つ無機質な光だけ。床にはコンビニ弁当の容器やペットボトルが散らかり、積まれた漫画雑誌にはうっすらと埃が積もっている。
「……」
部屋の扉の向こうで、カタン、と小さな物音がした。食事が置かれた合図だ。親とはもう何年も顔を合わせていない。生存確認のように置かれる食事だけが、大輝と社会を繋ぐ細い細い蜘蛛の糸だった。
高校を卒業し、パン工場に就職した。ベルトコンベアを流れるパン生地を、ただひたすらに成形する毎日。三日目の朝、彼は無言で工場を飛び出し、それ以来、この部屋から出ていない。
モニターの光が、大輝の虚ろな瞳を映し出す。SNSを開けば、かつての同級生たちの輝かしい人生が目に飛び込んでくる。昇進を報告する者。結婚式の写真をアップする者。生まれたばかりの我が子を抱きしめる者。そのどれもが、部屋の隅で膝を抱える大輝の胸をナイフのように抉った。
「こんなはずじゃ、なかったのにな……」
ぽつりと、誰に言うでもなく呟きが漏れる。後悔は、澱のように心の底に溜まり続けていた。あの時、工場を辞めなければ。あの時、もっと真面目にやっていれば。
あり得たかもしれない未来を想像しては、動かせない現実に打ちのめされる。無限ループの自己嫌悪。
「俺だって……もう一回、チャンスが有ればな……」
それは、諦めきった心から絞り出された、最後の本音だった。
その時だった。
『やり直しますか?』
【YES / NO】
「え……?」
見ていたまとめサイトの上に、突如として無機質なウィンドウが現れた。白い背景に、黒いゴシック体の文字。最新のウイルスか、手の込んだ広告か。
いつもなら即座にウィンドウを閉じるはずの指が、なぜか止まる。
『やり直しますか?』
まるで、心の声に応えたかのような問いかけ。大輝の心臓が、ドクン、と大きく脈打った。
馬鹿馬鹿しい。あり得ない。そう思うのに、目が離せない。
どうせ、今の人生も終わっている。クリック一つで何かが変わるなら、それもいいか。
「い……YES」
自嘲気味に笑いながら、彼は震える指で【YES】のボタンにカーソルを合わせ、クリックした。
『ユニークスキル【デパート】を付与します』
『地球上のあらゆるデパートに存在する商品を取り出すことが可能です』
『スキルの使用には【善行ポイント】が必要となります。人助けや社会貢献など、他者を利する行いによりポイントが付与されます』
「おい……夢じゃないのか?」
畳みかけるように表示される文字列に、大輝は思わず声を漏らす。まるで、ネット小説の設定だ。彼は恐る恐る、しかしどこか期待しながらマウスを動かした。
『異世界アナスタシアに転生しますか?』
【YES / NO】
「ハハッ……」
乾いた笑いがこぼれる。異世界転生。引きこもり生活で、飽きるほど読んだ物語のジャンルだ。
どうせ夢だ。それなら、この夢に乗ってやろうじゃないか。
大輝は、最後の【YES】をクリックした。
その瞬間。
彼の足元、万年床と化した布団の上で、淡い光の線が走り始めた。幾何学模様を描きながら、それは複雑な魔法陣を形成していく。
「なっ……!?」
モニターの光とは明らかに違う、荘厳で温かい光。部屋の空気がビリビリと震え、床に散らばっていたペットボトルがカタカタと揺れ始める。
「う、うわあああああああ!」
光は瞬く間に輝きを増し、大輝の身体を包み込んだ。浮き上がる身体。抗えない力。六畳間の風景がぐにゃりと歪み、意識が真っ白に塗りつぶされていく。
それが、佐々木大輝の人生の最期だった。
次に意識が戻った時、最初に感じたのは、圧倒的な暖かさと安心感だった。
柔らかな布に包まれ、誰かの腕に抱かれている。甘く、優しい匂いがした。
(ここ……は……?)
目を開けようとするが、瞼が重い。視界はぼんやりと霞んで、光と影の輪郭しか分からない。手足を動かそうにも、まるで鉛のように体が言うことを聞かなかった。
何が起きた?俺は、あの部屋で……。
「まあ、クルス。やっと目を覚ましたのね。良い子ね」
頭の上から、透き通るような優しい声が降ってくる。巨大な顔が、ぼやけた視界の中で自分を覗き込んでいる。美しい女性だ。長い金色の髪、慈愛に満ちた翠の瞳。
「おぉ、マーサ!起きたか、俺たちの息子が!」
今度は、快活で力強い男の声が響く。たくましい腕が、自分を抱く女性ごと優しく抱きしめた。燃えるような赤い髪に、太陽のような笑顔の男。
(クルス……? 息子……?)
混乱する思考。必死に状況を理解しようとする。
まさか。まさか、本当に。
「うわあああああああ!」
喉から迸ったはずの絶叫は、しかし、情けない産声に変わっていた。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「おっと、元気な挨拶だな、クルス!」
「ふふ、あなたに似て、声が大きい子になりそうね、マークス」
マークスと呼ばれた男と、マーサと呼ばれた女が、幸せそうに笑い合う。
その光景を、赤ん坊の視界で見つめながら、クルスこと佐々木大輝は、内心で絶叫した。
(嘘だろ……!? 引きこもりニートからの、赤ちゃん転生スタートって! ハードモードすぎないか!?)
中身は30歳ニート、身体は生後間もない赤ん坊。
最強の元S級冒険者の父と、心優しき元僧侶の母の元、クルス・エルディンの前途多難な二度目の人生が、今、始まった。
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