第十二章-沈黙の戦火



夜明け前、エルムスの町に黒装束の一団が静かに侵入していた。


第二部隊隊長・鋼牙(こうが)は、影月以上に任務に忠実で冷酷な男として知られていた。彼の率いる十二名の精鋭は、これまで一度も任務を失敗したことがない。


「標的は三名」鋼牙が部下に指示を出した。


「元隊長・影月、その息子・蒼真、そして第八皇子の娘・雪花。関係者の口封じも忘れるな」


「隊長、民間人の巻き添えは?」


「第二皇子殿下の命令は『完全な排除』だ。証人は残すな」


鋼牙の目は、まるで猛禽類のように鋭く光っていた。


## 家族の絆


宿屋から立ち上る炎を見つめながら、影月は息子に告白していた。


「蒼真、正直に言おう。私はお前を誇りに思っている」


初めて父から聞く言葉に、蒼真は涙ぐんだ。


「お前が歩んできた道は正しかった。それを認められなかった私が間違っていた」


朝霧も夫の横に立った。


「でも今は家族の絆を取り戻す時よ。一緒に戦いましょう」


影月は頷いた。


「作戦を説明する。蒼真、お前は雪花殿下の救出に向かえ。私が敵の注意を引く」


蒼真は首を振った。父を一人で戦わせるつもりはない。


「息子よ、これは命令ではない。父親としてのお願いだ」


影月は蒼真の肩に手を置いた。


「お前にしか救えない人がいる。お前にしかできない戦い方がある」




その時、森の集落から多くの人々が現れた。


手に手に農具や工具を持った、声なき者たちだった。


「蒼真お兄ちゃん!」トムが駆け寄ってきた。


「僕たちも戦う!お兄ちゃんが守ってくれたから、今度は僕たちがお兄ちゃんを守る番だ!」


集落の人々が口々に意思を表明した。声に出せない者は手話で、身振りで、それぞれの方法で戦う意志を示した。


朝霧が前に出た。


「皆さん、危険です。隠密部隊は普通の人では太刀打ちできません」


「でも朝霧さん」老人の一人が言った。


「私たちは長い間、隠れて生きてきました。でも蒼真さんが教えてくれたんです。逃げているだけでは何も変わらないって」


蒼真は深く感動した。自分のために、これだけの人々が立ち上がってくれている。


影月も驚いていた。


「これほどまでに民から慕われる者を、私は...」




「感動的な光景だな」


冷笑と共に、鋼牙が姿を現した。


「だが、烏合の衆がどれだけ集まっても、訓練された隠密には敵わない」


鋼牙の合図で、第二部隊が一斉に動き出した。


影月が即座に迎撃に出る。


「蒼真!今のうちに!」


蒼真は躊躇したが、雪花の安否が気がかりだった。町の中心部に向かって駆け出す。


朝霧は集落の人々を指揮し始めた。


「皆さん、散開してください!一箇所に固まってはダメ!」


隠密の戦術を知る朝霧の指示で、民間人たちも効果的に動いた。




影月と鋼牙の一騎打ちが始まった。


「影月、貴様も堕ちたものだな」鋼牙が嘲笑した。


「息子への情に惑わされ、任務を放棄するとは」


「情ではない」影月は静かに答えた。


「これが俺の正義だ」


二人の戦いは、まさに超人的なものだった。隠密部隊の最高レベルの技術が激突する。


だが影月には、これまでにない力が宿っていた。守るべきものへの想い、失った時間への後悔、そして息子への愛情。




町の中心部では、雪花が第二部隊の一員に追い詰められていた。


「皇族の血筋だろうが容赦はしない」


刺客が刃を振り上げた瞬間、蒼真が現れた。


超能力で刺客の動きを封じ、雪花を安全な場所へ運ぶ。


「蒼真さん!無事だったのですね!」


雪花は安堵の表情を見せたが、すぐに心配そうな顔になった。


「でも、お父様は大丈夫なのですか?」


蒼真は複雑な表情を見せた。父を信じたいが、敵は手強い。




朝霧は集落の人々と共に、巧妙な作戦を展開していた。


声を出せない人々の利点を活かし、完全に無音で敵を攪乱する。


「こちらです!」


「いや、向こうだ!」


第二部隊の隊員たちが混乱する中、朝霧たちは着実に敵の数を減らしていった。


武力ではなく、知恵と連携で戦う戦術だった。




雪花を安全な場所に避難させた蒼真は、ある決意を固めていた。


彼は紙に文字を書いた。


『王都に向かう。第二皇子に直接会う』


「そんな!危険すぎます!」雪花が反対した。


『このままでは戦いは終わらない。根本を断つしかない』


蒼真の目には、強い決意が宿っていた。


『父さんたちのことは任せた』


雪花は涙ぐんだが、蒼真の意志の固さを理解した。


「分かりました。でも一人では行かせません」


雪花は立ち上がった。


「私も一緒に行きます。皇族として、第二皇子様に抗議します」




蒼真は戦闘の最中にある両親のもとへ戻った。


影月は激しい戦いの中でも、息子の気配を感じ取った。


「蒼真!なぜ戻ってきた!」


蒼真は父と母の前に立つと、深く頭を下げた。


そして、自分の胸を指し、王都の方向を指した。


*僕が解決します*


「馬鹿な!お前一人で何ができる!」影月が叫んだ。


だが朝霧は息子の表情を見て、理解した。


「行きなさい、蒼真」


「朝霧!」


「この子はもう、私たちが守るべき子供ではないわ。一人の戦士よ」


朝霧は息子を抱きしめた。


「気をつけて。そして忘れないで。あなたには必ず帰ってくる場所があることを」


蒼真は両親に最後の敬礼をすると、雪花と共に王都に向けて駆け出した。




影月と鋼牙の戦いは、影月の勝利で終わろうとしていた。


だが鋼牙は最後の力を振り絞って、逃げ去る蒼真を狙った。


「任務を完遂する!」


毒を塗った暗器が蒼真に向かって飛ぶ。


その時、影月が身を挺して息子をかばった。


「父さん!」


蒼真の心の叫びが、初めて小さな念話となって父に響いた。


影月は息子を見つめて微笑んだ。


「行け...蒼真。お前の...戦いを...」


父の最後の言葉を胸に、蒼真は雪花と共に王都へ向かった。


真の決戦の舞台は、王宮にある。


沈黙の守護者の最後の戦いが、今始まろうとしていた。


---


*続く*

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