第2話
男は少しこちらを見ると、いいですよ、と快く答えた。
「今日、寒いですね……」
「今これだけ寒いと、1月以降に耐えられそうにありませんよ」
「私は懐炉2枚とヒートテックで何とかやり過ごしてます」
「いいですよね、ヒートテック!私、あのユニクロのめっちゃあったかいやつがないともう生きていけませんよ」
「ああ!超極暖ですよね?あれ、私も使ってます」
始まったのは、単なる雑談。時間を潰すための、単なる会話。始めはベタな天気の話題や昨今のニュースを掘り返したりなど、ありふれたもの。
次第に会話に笑い声が混じり始める。二人の周りの静かだった空気が、次第に踊り始めた。そして、少しずつ、話は身の上話に移り変わる。
「どのようなお仕事をされているんですか?」
「コンサルタントです。企業の経営改善や売り上げ向上とかのサポートをしています」
「コンサルタントすごいじゃないですか」
「いえいえ、私なんて、まだまだですよ」
似ている。謙遜するところも。褒めると少しに焼けた顔をするところも。
「趣味は何を?」
「私は、釣りですかね。あ、あとは弓道を休日に習っています。あなたは?」
「そうですね……これといったものはないんですが、しいて言うなら、ゲームですかね」
「ゲーム!いいですね。私も好きなんです。最近は待っているものをお聞きしても?」
似ている。やっぱり。趣味も、私の趣味に対する反応も。同じじゃないかと思うくらいに。
女は、段々と心の中の黒いものが、シミが薄れるように、じんわりと薄くなっていくのを感じた。
女の顔からは、最初の物憂げな表情がすっかり消え去っていた。まるで、初心な昔に戻ったかのように。青年期の楽しい思い出に浸るような。時間を忘れ、今を忘れ、女は雑談に興じた。
「学生時代の部活は?」
中学は吹奏楽部、高校はボドゲ研究会。
「中学生の頃は吹奏楽部で、高校の時はボードゲーム研究会でした」
「好きな映画は?」
パイレーツ・オブ・カリビアンの『ワールド・エンド』。
「どれも捨てがたいですが……パイレーツ・オブ・カリビアンですかね。特に三作目の……そう、『ワールド・エンド』!」
「ゲームとかやります?」
モチのロン!やっぱ1番はゼルダのブレワイだな。ブレスオブザワイルド。
「ブレスオブザワイルド、って知ってます?ゼルダの伝説ってシリーズなんですけど。つい最近初めまして。本当、今のところ人生で一番のゲームですね」
ここまで似ていることもあるのだろうか。驚きながらも、その一つ一つの答えを聞くたびに黒いものが薄れていくのを感じた。
そして、女は最後の質問を投げかけた。
「好きなものは?」
なすのおひたし!!
「カツカレー、ですかね」
「そうですか……」
女は顔を俯けた。そう呟いた女の目からは、すっかりと光が消えていた。
「わ、わたし何か失礼なこと言ってしまいましたかね?」
男は女のテンションの急な下がり度合いを見て動揺した。
「い、いえ。なにも……本当に、何でもないんです」
ピー、ピーと、終わりの合図とともに扉がバンと開いた。クリーニングが終わった合図だ。
「ちょっと跡、残っちゃいましたね……すみません」
乾燥が終わり、取り出したコートとシャツを見て男が呟く。
「いえ。これでも十分ですよ。むしろここまで気を掛けて下さってありがとうございます」
女は申し訳なさそうな顔をした男に、笑顔で返した。
「そうですか……」
「では、クリーニングも終わったので。ここで失礼します」
「あ、ではせめて弁償を……」
女はそういう男をスッと手のひらで抑制した。
「大丈夫です。安物ですし。それに……」
「それに?」
女は、目いっぱいの笑顔を男に見せた。
「……もう十分なくらい、奇麗にしてもらいましたし」
「そう、ですか……」
これ以上は押し付けになってしまうということを男は察したのか、懐から取り出した財布を仕舞い込む。
送っていく、という男の話を丁寧に断り、別れた後。女は、気づけば再び高台に戻ってきていた。そこにあるベンチにゆったりと座り込む。
あの人は、あの人じゃない。それは、わかっていた。
それでも。
そう思わざるを得なかった。
女は、視線を下にやった。
全く、ひどい人だ。中途半端に似ているから、思い出してしまったじゃない。
女は……。
女はよし、すべてを忘れよう!!そう思って、両手で頬を叩くと、すくっとその場から立ち上がった。
「これっきり、あの人のことを考えるのはおしまい!!これからはいい人見つけて、おいしいご飯食べよ!!」
そう発起した女は、しっかりとした足取りで、その場を後にした!!
完!!
「……」
「………………………」
「…………………………………………」
「そう簡単に、感情なんて、捨てれるわけないじゃない……」
ぽろぽろと、両目から涙がこぼれた。景色がにじむ。光がぼやけて、よく見えない。
「なんで、なんでよ……」
私を一人にしないでほしかった。ただただそれだけだった。あなたがいれば。あなたさえいれば。
どんな場所でも、どんな環境でも、わたし、幸せだったのに。
ほしいものだけが、ほしい人が、手に入らない。
「なんでよ……っ!!」
でも、手に入らないことは知っている。
ちいさな、ちいさな箱を取り出した。ちょうど小物が1組ぐらいはいりそうな、手のひらサイズのものだ。これの贈り主は、今は私のそばにはいない。これを贈った後に、去ってしまった。
それでも。どれだけ希っても。もうあなたはいない。
全てを捨てて、あなたのところへ向かう……そう思っても、無理だった。駄目だった。所詮、私は自分がかわいいだけの人だもの。あなたの隣にいるよりも自分の方が、自分の環境が可愛くて仕方がなかった。
もう、会えない。
だから、さようなら。
贈り主は、もういない。
あとがき
この物語は、私がいろいろあって疲れたときに、感情を整理したときに書いた話です。
強いて言うなら、この本は私のために書いたもの。送り先は、もちろん私。傷ついた私が書いた、私を慰めるための物語。自分自身を慰めるための物語。読み手と書き手が一体化している話。
でも、もう読ませる相手はいなくなってしまった。贈り主も、いなくなってしまった。
「おーい、ユリ!!クリスマス、イルミネーション行くんだろ??」
「あっ!うん。すぐ行く」
だから、この話は、贈り主不在。だから、ここに書き記して、この話はおしまい。これを読む人はもういないでしょうね。
それじゃあ、そういうわけで。もう彼が呼んでいるから。行かないと。さようなら。
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