ある日の「月刊 至高のレシピ」編集部

「どうするんだよ、これ……」


 「月刊 至高のレシピ」の編集長は頭を抱えていた。

 まさか、何気ないインタビュー記事で取り上げた「すさんじ」という謎の食材が、ここまでの大事を呼び込むとは思ってもみなかった。


 今、SNS上では「すさんじ」を巡る様々な怪情報が出回っている。

 ほとんどは、昨今のモキュメンタリー風ホラーブームにかこつけたネタだが、中には実在の人物についてあることないこと書かれたまとめ記事などもあり、悪質なものも多い。


 「すさんじ」を取り上げた「至高のレシピ」の編集者と、織笠優太郎の記事を執筆した記者・恒田が行方不明である件と、織笠が長期の病気療養に入った件とが噂を加速させ、推測に推測を重ねた与太記事が乱立していた。

 そのせいで、「至高のレシピ」編集部にも「週刊リアル」編集部にも、問い合わせがひっきりなしだ。


 ――だが、これらは実際、全くの勘違いだった。


 編集者も記者も、行方不明になどなっていない。


 二人が借りていた車がF県内に放置されていたのは事実だ。

 だが、それはカーシェア会社の不備が原因だった。

 スマホによる認証を受けてロック解除・エンジンのスタートを行う仕様なのだが、これに不具合があり、山奥で車が動かなくなってしまったのだ。

 当然、カーシェア会社には連絡していたが、何かの行き違いがあったのか、車は回収されず、社内で状況も共有されていなかった。


 警察はカーシェア会社側の主張を鵜呑みにし、地元新聞もそれをそのまま記事にしてしまった。

 編集者も記者も、その日の内に山を下りていたにもかかわらず、だ。

 地元警察が二人の所在を確認したのは、翌日になってからだった。

 なお、F新聞はそのことを一切報じていない。


 二人はその後も、自身のSNSなどを更新し平穏無事に過ごしているのだが、ネット上では「なりすまし」「自撮り写真はAI生成物」などといったデマがまことしやかに囁かれ、「行方不明」という誤った情報が流布し続けている。

 一部のインフルエンサーや動画配信者がデマを流し続けている為、そちらの声の方が強いのが現状だった。


 「これじゃ、僕はゾンビか生霊かですよ」とは、恒田記者の談。


 織笠優太郎についてもそうだ。

 所属事務所からは、「新型コロナ後遺症による発声障害の為、しばし休養します」と正式に発表されている。

 にも拘らず、SNS上では「すさんじ」に関連した雲隠れ扱いされてしまっていた。


 あまりにもデマが多い為、「至高のレシピ」「週刊リアル」、織笠の所属事務所の共同で声明を出そうという話もあった。

 だが、そういった声明さえデマの流布に利用されるのがインターネット社会だ。慎重にならざるを得なかった。


「結局、デマが沈静化するのを待つしかないのかね」


 織笠は順調に回復しており、そのうち復帰するはずだ。

 恒田記者は既に記名記事をいくつか執筆している。

 デマはやがて飽きられるし、現実とあまりにも乖離すると「冷める」。

 時間が解決してくれるのを待つのが無難なのかもしれない。

 だが――。


「『すさんじ』の方は、怪情報としてネットに残り続けるかもな」


 結局、綿密な取材をしたにも拘らず、「すさんじ」の正体は分からなかった。

 旧・麻久位村については資料が乏しく、また村の出身者も揃って「知らない」と答えたのだという。

 

 果たして「すさんじ」とは何だったのか?

 誰かが創作した言葉なのか。

 それとも、麻久位村の人々が何かを黙っているのか。


 未だもって、真実は闇の中――いや、織笠優太郎の思い出の中である。


(了)

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すさんじ 澤田慎梧 @sumigoro

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