20 銘記
ディーウィットはその晩、キーニに絶え間なくキスを浴びせられている間に、いつの間にか眠りに落ちていた。
目覚めると、キーニの逞しい腕の中にすっぽりと収まっている。愛おしさを覚えていると自覚してすぐにこうして誰よりも傍にいてもらえることに、堪らなく幸せを感じた。
まだ瞼を閉じたままのキーニのシュッとした顎から頬にかけて、手のひらをそっと這わす。キーニはいつも目覚めた後に髭を剃る為、今朝は無精髭が生えたままだ。髭があると少し大人びて更に凛々しく見えるものだなあと羨ましく思いながら、一向に髭が生えてこない自分の顎に手を触れた。
すると突然キーニがぱちりと瞼を開ける。吸い込まれそうな煌めく黒い瞳がすぐにディーウィットを捉え、優しげに細められた。
「顎を触って、どうした」
「……大人びて見えて羨ましいと考えてました」
そうか、とキーニが口角を上げる。
「そういえばディトは年は幾つだ? 尋ねていなかったな」
確かにそうだ。体調を戻すことに忙殺され、そんなことすらお互い確認していなかったのだ。
「僕は二十歳ですよ。キーニは?」
「俺は数えで二十一になるな」
「数えですか?」
「ああ。ジュ・アルズの民は全員新年を迎えると同時に年をひとつ取る。つまり俺とディトは数えでは同い年だな」
キーニはにやりと笑うと、ふいに真顔に戻る。じっと見つめられると相変わらずドキドキしてしまうが、今はこれが自分の恋心によるものだと理解している。
恥ずかしさを覚えながらも、キーニを見つめ返した。何故なら、キーニに帝都までの行き方を教われば、もうこの笑顔は見られなくなってしまうからだ。
太陽のように眩いこの笑顔を目に焼き付けておけば、この先どんなに辛いことが待ち受けていようとも耐えられる気がした。
キーニが顔を近付けてくる。もう幾度もされたから分かる。これからキスをされるのだ。
ディーウィットはゆっくりと目を閉じると、重なる柔らかい唇の感触を忘れまいとキスに集中することにした。口腔内に入り込んできたキーニの舌には、気恥ずかしさを覚えながらも積極的に自分から舌を絡めていく。キーニの舌の形も温かさも、覚えておきたかった。
キーニの舌が一瞬動きを止める。だがすぐに荒々しさを増すと、奥へ奥へと入り込んでディーウィットの口内を縦横無尽に暴れまわった。
「ん……っ」
息苦しさと多幸感とに、あらぬ声が鼻から抜けていく。
「ディト、ディト……ッ」
切なそうにキーニだけが呼ぶ名を呼ばれると、自分がキーニに愛されているのではと勘違いしそうになった。愛すべき要素など、自分には何ひとつないというのに。
だが、ディーウィットはジュ・アルズの民の習慣や生活を知らない。彼らにとって同性と添い寝しキスを交わす行為が果たしてアーベラインと同様に愛情を示すものなのかそれともただの友愛なのかすら、分からない。
聞けばもしかしたら、キーニは教えてくれるのかもしれない。だが別れが迫りつつある今、ディーウィットは否定の意をキーニの口から聞きたくはなかった。きっとキーニも自分のことを悪からず想っていてくれたに違いないと、自分に都合のいいように思ったままでいたかった。
やがて銀糸を引きながら、キーニがゆっくりと顔を離す。己の顔が赤く火照っている自覚を持ちながらも、ディーウィットは極力冷静な表情に見えるよう努めた。
仰向けのまま首飾りを手に取り、頭から抜いていく。自分の上に覆い被さりながらギラついたように見える眼差しでディーウィットを見つめ続けているキーニの首に、ゆっくりとかけていった。
にこりと笑う。キーニは何も言わない。重なり合う自分とキーニの雄が硬さを帯びていることには、気付かないふりをした。
「キーニ、約束ですからね」
キーニのこめかみが一瞬ピクリと動く。じっと返事を待っていると、キーニは自身の胸元に下がる、朝日を浴び星空のように上品な輝きを見せる『夜の光石』を指で摘んだ。
無言のままスッと立ち上がると、水差しなどが置かれている小棚の前に行き、しゃがみ込む。中から何かを取り出すと、すぐにディーウィットの元に戻ってきた。
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