15 『ムウェ・ラデの家』

 紆余曲折あったものの、キーニの作戦は功を奏し、溜まっていたものはディーウィットの中から無事排出された。


 キーニは排泄も補助するつもりだったようだが、ディーウィットは「人としての尊厳を保たせて下さい」と固辞し、ブルブル震える足でなんとかやり切った。これはもう意地だった。


 ディーウィットが順調に食事の量を増やしていくと、やがてキーニに支えられながらだが歩けるようにまで回復する。だが外を歩いてみたいというディーウィットの願いには、キーニは頑なに「まだ早い」と表情を硬くして許可してくれなかった。


 決して広いとは言えないひと間と身体を清めたり排泄を行う小部屋しかないこの小屋の中だけで過ごしているディーウィットは、次第に閉塞感を覚え始める。せめて外の様子を見てみたいと乞うと、キーニは渋々な様子ながらもディーウィットを横抱きで持ち上げ、窓際まで連れていってくれた。


「キーニ、僕はもう立てますよ」

「無理はさせられない」

「キーニ……」


 この男は、ディーウィットをまるで壊れ物のように扱う。大切にされることに慣れていないディーウィットは、優しくされる度にむず痒い気持ちになってしまうのだ。じっと見つめられ居心地が悪くなり、できるだけ自然に視線を窓の外に向けた。


「あまり顔を出すなよ」

「はい。分かりました」


 転落を案じているのだろう。素直に従い、少しだけ顔を出すに留めた。外を見て、初めて知る。この小屋は、大木の上に建てられたものだったのだ。


 はじめは樹木の上の家に住まう一族なのかと思った。だが、他の家は地面に建てられている光景が眼下に広がっている。褐色肌の人々が喋ったり何かの作業をしている姿も見受けられた。どうやらこの場所だけが特殊なようだ。


 だが、これでキーニの言う「まだ早い」の意味を理解した。今のディーウィットの体力では、木の梯子が用意されただけのこの家から出るのは確かに不可能だ。


「キーニはどうやって僕をここまで運んだんです?」

「ディトは軽かったから肩に乗せて登った」


 けろりと答えるキーニを見て、ディーウィットは己の貧弱さを恥じた。せめてキーニの半分だけでもこの身体に逞しさが備わっていれば、ここまで面倒をかけることもなかっただろうにと。


 ふと疑問に思う。


「あの……もしや僕の風邪がうつる可能性があるから隔離していただけたんですか?」

「ん? どういうことだ」


 キーニが不思議そうに小首を傾げた。


「いえ、この場所は他の家とは離れているので」


 すると今の今までディーウィットの顔を至近距離から覗き込んでいたキーニが、ふ、と目を逸らした。どうしたのかと不安に思っていると、キーニがボソボソと答える。


「……ここは『ムウェ・ラデの家』と呼ばれている」

「はあ」


 またあの『ムウェ・ラデ』だ。そろそろ意味を聞いてもいいだろうか、と改めて尋ねてみることにした。


「あの、僕には『ムウェ・ラデ』の意味が分からないんですが、どういった意味があるんですか?」

「『ムウェ・ラデ』は『ムウェ・ラデ』だ」


 キーニの回答はとりつく島もない。やはりジュ・アルズ特有の何かを表す言葉なのか。


「隔離と言えば、そう言えなくもない。新婚夫婦が初夜から数えて三日三晩過ごす為の場所だからな」

「新婚夫婦が? 隔離……あ」


 キーニが言葉を濁す意味がようやく分かった。要はここは、新婚夫婦が誰にも邪魔されず愛を交わす為に用意された場所なのだ。恐らく、ディーウィットを看病するのに丁度いい空き家だったのだろう。だがそうなると、俄然『ムウェ・ラデ』の意味が気になってくる。


 キーニは顔を逸らしたまま続ける。


「とにかく、ディトはまだ外に出るには早い。分かったな」


 キーニはこれ以上この話を続けるつもりはないようだと察したディーウィットは、黙ったまま頷いた。


 体調が戻ったところでキーニの助けなしには降りられるとは思えないし、キーニの機嫌を損ねる訳にはいかないから――。


 何故自分が己に対し言い訳しているのかも分からないまま、ディーウィットはキーニの逞しい胸板にこめかみを当て体重を預けた。

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