12 名乗り合い
ディーウィットの虹彩の模様をつぶさに確認するかのような熱心さで、部族の男が瞳を凝視してくる。
すぐに男の視線に耐えられなくなったディーウィットは、話題を変えるべく話を振った。
「あの、お名前を伺ってもいいですか?」
「ん? 俺か? 俺はキーニだ」
「キーニさん、ですね」
「キーニでいい。ここでは皆互いを名だけで呼ぶ」
「分かりました。ではキーニと」
「ああ、それでいい」
なるほど、とディーウィットは心の中で小さく頷く。帝国語は喋っても、常識までは合わせないということだろう。今度はキーニが目を細めつつ尋ねてくる。
「そうだ、『ムウェ・ラデ』にも名はあるだろう? 教えてくれ」
またもや『ムウェ・ラデ』という謎の言葉で呼ばれてしまった。先程問いかけたが、話を逸らされている。ひょっとしたら、帝国語に訳せない単語なのか。
それかもしかしたら『異国人』のような意味だが、キーニがしっくりくる帝国語を思いつかないのかもな、と思った。いずれにせよ大した問題ではないだろうし、とひとまず横に置いておくことにする。
「ええと、僕はディーウィットです。ディーウィット・アーベライン」
「ディー……ト?」
キーニが眉間に僅かな皺を寄せながら首を傾げた。
「ディーウィットです」
「デウート」
「ディーウィット」
「……発音が難しい」
キーニが苦虫を噛み潰したような顔になる。アーベライン語と帝国語は、発音が似通わない。その上、彼は帝国語を操るとはいえ明らかにジュ・アルズの人間だ。聞き慣れない言葉は、単純に発音が難しいのだろう。ディーウィットにも身に覚えがある。
かつて帝国語を含む他国語を必死で覚えた際、発音の部分では特に苦労したものだ。懐かしみを感じながら伝える。
「難しいなら、呼びやすいもので構いませんよ」
「そうか? ならディト」
「はい、それでいいですよ」
キーニがパッと笑顔に戻るのが、なんだか微笑ましい。キーニというこの男は、これまでの態度から見て分かる通り、快活な性格の持ち主なのだろう。
キーニは口の中でディト、ディトと幾度も繰り返した後、納得したように小さく頷いた。ディーウィットの額に手を当てると、安心させるような穏やかな笑みを浮かべる。
「ディト、まだ熱が高い。お喋りは一旦おしまいにして寝た方がいい」
「で、ですが僕は……」
今置かれている状況は、キーニの前で倒れて丸二日彼に看病してもらった以外の情報がない。ここがどこだとか、帝都にはどう行けば辿り着けるのかなど、まだまだ聞きたいことは山のようにあった。
きっとキーニは気のいい男なのだろう。着ていた服は脱がされていたが、アルフォンスからもらった『夜の光石』がついた首飾りは首から下げられたままだ。身包みを剥がす目的ではない、と伝える為なのかもしれなかった。ならば、尋ねれば快く教えてくれるのではと思った。
だが、キーニの口調が言うことを聞かない幼子に言い聞かせるようなものに変わってしまう。
「ディト。まずは熱を下げることからだ。それから体力を戻す。お前を悩ます全てのことは、今は忘れろ。お前の身体は骨ばり過ぎだ。もっと肉をつけろ」
「キーニ、でも……くしゅんっ」
寒気を感じた瞬間、くしゃみが出た。途端、キーニの笑顔が消える。剥き出しになったディーウィットの肩に温かな手で触れると、眉間に皺を寄せた。
「冷えている」
「す、すみませ……」
「謝る必要はないと言っただろう」
即座に返され、返事に窮する。これまでディーウィットは、人に謝ってばかりの人生を送ってきた。王家の色味を纏わなかったディーウィットにとって、蔑まれ厭われるのは当然のことだったからだ。
だからこそ、キーニの言葉は意外だった。
「ですが……僕はキーニに迷惑を」
「俺はなにひとつ迷惑だと思っていないぞ」
ブスッとした表情に変わってしまったキーニが大きく頷く。
「まだ温めが足りないな」
なにが、と問う暇もなく、キーニがディーウィットにかけられた布を持ち上げ、隙間にするりと身体を滑り込ませてきた。
「意識がある分、温め易くなるな」
キーニは独りごちると、ディーウィットの頭の下に逞しい腕を差し込む。そのままいとも簡単に仰向けになっていたディーウィットの身体をキーニの方に傾けると、細い背中を空いている方の腕で引き寄せた。しっかり抱き締め固定した後、布をディーウィットの首元まで引き上げる。
分厚い筋肉に包み込まれたディーウィットは、目を白黒させた。
「え、あのっキーニ!?」
「温める。ディトが寒さを感じなくなるまでずっとだ。分かったな」
「ええ……っ」
キーニはディーウィットの後頭部を大きな手で掴むと、キーニの胸元に押し付けてしまう。
「寝ろ。反論は聞かない」
耳元で低く囁かれては、これ以上抵抗しようもない。それに寒気がして体調が絶不調なのも事実だ。
ディーウィットは観念して瞼を閉じる。久々の覚醒に身体は限界を迎えていたのか、睡魔はすぐに訪れてくれた。
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