第4話 八月の夏空の下で(4)

 「まさか……岩松村にある俺の実家なのか?」

 「はい。少し話が長くなりますので、ベッドの上でお話しさせて頂きます。どうぞ、文由さんもお掛けになって下さい。」

 「ああ、すまないな。では、隣……失礼する。」


 レディファーストは常日頃心掛けていたが、澪璃さんについては、真っ先にベッドの縁ではなく上へと、ぺたんと座ってしまった。その為、俺はベッドの縁のどこに腰を下ろしても、いちてきには澪璃さんの隣になるのだ。


 「はい。あの……文由さんもベッドの上、来ませんか?凄く、座り心地良いですよ?なんでしたら、寝転がって頂いても構いませんし?」

 「そうか……。なら、お言葉に甘えることにしよう。」


 基本、俺は女性から言われたことは、断らない。もしかすると、勇気を振り絞ったり、恥ずかしいのを我慢したりして、俺に伝えてくれているかもしれないからだ。

 恥をかくのは、俺だけで十分だと常に考えている。

 ただ、告白に関しては、俺はその場では答えず一旦保留する形をとっていた。その場の雰囲気や勢いで、俺に告白してしまって、後で冷静になって後悔して欲しくはないからだ。


 「よいしょっと……。文由さん、こちらへ!!」

 「澪璃さん、気を遣ってもらって悪いな?横、失礼するぞ?おお……!?何だこれは……?!」

 「こんなベッド……昭和には無かったですか?」

 「一般家庭では、綿などが詰められた敷布団だったからな?酷いと茣蓙ござだぞ?ただ……。」


 まぁ、女性の方から肉体関係を迫られたら、交際ではないので話は別だ。俺なんかが無碍に断って、女性に恥をかかせてしまうのは申し訳ない。そんな、割り切った関係もあると俺は考えている。

 そう言えば、色々訳あって、俺が娼館に招かれた際、上等なベッドの部屋へと通されたことがあった。

 まぁ、まつゑと交際する少し前の話だが、澪璃さんに話せば情報が筒抜けになる可能性が高そうだ。


 「ただ……?」

 「いや、なんでもない。」

 「そうですか……。もし言いたくなったら、私に教えて下さいね?まつゑおば様には、絶対言いませんので。」


 何だか、澪璃さんに俺の頭の中が見透かされているようだった。俺のことを、どこまで調べたのかは分からないが、そういうことに奔放なのを、既に知っての発言かもしれない。


 「俺のことなら何でも、澪璃さんは全てお見通しか?」

 「え、あ……では、始めます。文由さんが神風による出撃した五日後、未帰還となった知らせが、所属していた海軍航空隊基地に届き、まつゑおば様も知ることとなりました。」


 一瞬、澪璃さんに変な間があった。まぁ、図星なのだろう。澪璃さんは、俺のことを知った上で、ベッドの上で横に座らせるとは、相当肝が据わっている。


 「基地敷地のすぐ近くに食堂あったからな。基地関係者が、酒を飲む為の行きつけの場所だったしな?」

 「はい。すぐにでも、まつゑおば様は静岡県の東部にある岩松村まで、駆けつける覚悟は出来ていたようです。しかし、八月六日に広島市、八月九日に長崎市と、原子爆弾が投下された後でしたので……。」

 「あの鬼畜共!!原子爆弾を実用化させた上……実戦投入したのか?!しかも……二発もだと!?同じ人間のする事じゃないだろう……。それで、何人犠牲になった……?」


 我が海軍でも、研究がされていた原子爆弾をあの鬼畜共は、日本各地への空襲と同じ感覚でやったに決まっている。

 広島も長崎も大きな都市で、軍の司令部や軍港、兵器工場があったと記憶している。思えば、その二つの都市については、大きな空襲からは間逃れていたような気がする。


 「はい。私の知る限りでは、広島市が推定十四〜十五万人、長崎市が約七万四千人とされております。」

 「そうか……。それで、まつゑは日本がそんな状況の中、どうやって岩松村まで来たんだ?」

 「八月十五日、当時の今上こんじょう天皇陛下自らが太平洋戦争の終結、ポツダム宣言の受諾による日本の敗戦を、ラジオ放送で日本国民に伝える放送が行われたのです。現在では、“玉音ぎょくおん放送”と呼ばれております。」

 「何だって……。散っていった仲間たちの尊い犠牲は……。我らの勝利を信じ、国民が耐え忍んできた意味は……。」


 この艦の乗員が鬼畜共に似た服装だったのは、敗戦国の日本に対し、戦勝国の統制が入った故なのだと気付いた。連合国のことを、俺は鬼畜共などと平気で言ってしまっていたが、そんな呼び方をするのは、令和の時代では相当憚れる事なのだろう。


 「ですが、今の日本がこうして存続しているのは、当時の皆さんの日本を想う気持ちのおかげなのです。それを忘れない為、八月十五日を“終戦の日”として記念日に定め、全国戦没者追悼式が政府主催で執り行われております。また、八月六日は“広島平和記念日”、八月九日は“ながさき平和の日”として、平和記念式典が市主催で執り行われております。」

 「では、明日は……広島で、あるのだな。」

 「はい。そろそろ、先程の文由さんからのご質問にあった、まつゑおば様の足跡についてお話してもいいでしょうか?」


 流石に、澪璃さんは平和な世に生まれたせいか、結構他人事のように話をあっさりと切り替えてきた。

 まぁ、本来俺は昭和二十年八月五日に、零戦で敵空母に特攻している筈なので、その後の話は知らなくていいのだ。知ってることで、あのタイムマシンの小説みたいに、俺が未来を変えかねないからだ。


 「ああ、頼む。それについては、凄く気になっている。」

 「では……玉音放送から数日後、まつゑおば様は、近所の航空隊基地の輸送機で、最寄りの航空隊基地まで特別に乗せてもらったそうです。」

 「まさか……。」


 敗戦国となった混乱下で、どうやって俺の実家のある静岡県東部まで、まつゑが辿り着けたのかと聞いていれば、特殊な経路すぎて唖然としてしまった。


 「基地に着いてからは、お一人で陸路で向かわれたそうです。」

 「まったく滅茶苦茶だな……。」

 「はい。まつゑおば様らしいですよね……。夢中になられると、周りが見えなくなってしまわれるので……。」

 「ああ……。確かに……。」


 何かに夢中になることは、決して悪いことではないのだが、まつゑは夢中になりすぎるのだ。

 ただ、俺は若さ故かと思って、まつゑのすることを温かく見守っていたのだが、未だに同じことを続けているとは、流石に驚いた。


 「話に戻りまして、ようやく佐野家を訪ねることが叶ったまつゑおば様は、応対にあたった使用人の方のご案内で、文由さんのお母様の燈子すみこさんと出会うことになります。」

 「俺の実家の敷地は、尋常小学校の道向かいまであってな?その道のそばで、文具や雑貨、半生菓子なども取り扱う、商店も営んでいた筈だ。屋敷も離れもあって、使用人の方も沢山いたんだ。」


 実家の周囲の土地は、近所の人に貸し与えていた為、その賃借収入があり働く必要がなかった。商店については、気さくで寛容な母親が地域貢献の為、殆ど儲けなしでやっていた事だった。


 「はい。まつゑおば様が訪ねた時、燈子さんは商店にいらしたそうです。そこで、まつゑおば様は、自分が文由さんの恋人である事を、燈子さんに正直に告げたそうです。その上で、文由さんの帰りを待ちたいので、佐野家を切り盛りするお手伝いをしたいと申し出たところ、燈子さんはまつゑおば様を快く迎え入れ、養女としたのです。」

 「全く、母さんらしいな……。まつゑが佐野姓だったのは、母さんの仕業か……。」

 「はい。『これで文由が、生きて帰ってこなかったとしても、二人は同じお墓に入れるでしょう?』と、燈子さんがまつゑおば様に言ったそうです。」


 俺の母親は、自分だけが幸せになることを良しと思わなかった人だった。皆んなの幸せを、いつも切に願っていた人だった。だから、身寄りのない人を使用人として雇い、亡くなった場合も佐野家の墓の横に、身寄りのない人たち用の墓を建て、一緒に弔ってあげる程だった。

 

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