36 未来の女王

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「俺が――必ず守ります。あなたの笑顔を」

「グレン……?」


 俺の言葉に、ルナリア様は驚いたように目を見開いた。


 そして、すぐに嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます。その言葉、すごく心強いですわ」


 月明かりに照らされた彼女は幻想的な美しさを備えていて、俺は息をのんだ。


 未来で失った、俺の宝物――。


 それが今、確かに目の前にある幸せをかみしめていた。


 けれど、その幸せはこれから先、容易に崩れ去ってしまうだろう。


 剣帝アルゴスに捕らえられた時の、ルナリア様の絶望に満ちた表情が脳裏に浮かぶ。




『帝国に連れ帰り、側室の一人にでもしてやろう』




 思い出すだけで、全身の血が沸騰しそうだ。


 俺が、守らなければならない。


 どんな手を使っても、絶対に。


「あなたが私を守って下さるなら、私はこの国全てを守ります」


 ルナリア様が言った。


「えっ……?」

「近頃、私――よく考えるんです」


 ルナリア様は逡巡した様子の後、俺を見つめる。


「聞いてくださいますか」

「……はい、なんなりと」


 俺は深くうなずいた。


「この国の未来のことを」


 ルナリア様が話の続きを始めた。


「未来……」

「はい。父上や兄上、姉上たちは、今の平和がずっと続くと信じていらっしゃる。けれど、私はそうは思わないのです」


 彼女の声には確信めいた響きがあった。


「ルーファス帝国は近年、急速に軍備を増強しています。それに……不穏な噂も耳にしますわ」

「不穏な噂?」

「……魔族、という言葉を」


 俺は息を呑んだ。


 彼女はどこまで知っているんだ?


 俺が高位魔族と戦ったことは、エドウィン団長以外と、あのときの調査隊のメンバーしか知らない。


 そして、そのメンバーは全員が死んでいる――。


「父上たちは魔族など説上の存在だと笑っていました。でも、私は……不安なのです。このままでは、メルディアはいつか大きな災厄に見舞われるのではないかと」


 その通りだ。


 十五年後、この国は滅びる。


 帝国と魔族の連合軍によって。


 ルナリア様はその兆候をすでに感じ取っているのか。


 さすが、未来で女王になる方だけのことはある。


「だから私、決めましたの」


 彼女は俺に向き直った。


 その瞳には強い光が宿っている。


「政略結婚の道具として他国に嫁ぐよりも、この国に残って、父上を、そしていずれは国を支えたい。いいえ……私がこの国を導きたいのです」

「ルナリア様……」

「王位継承権は第三位の私には、本来なら難しいことでしょう。けれど、兄上たちには……失礼ながら、王の器があるとは思えませんの」


 それは控えめでおとなしい彼女らしからぬ、辛辣ともいえる意見だった。


 けれど、王女ではなく『女王』のルナリア様は、こういうお方だ。


 常に優しく、気高く、それでいて厳しく対処すべき事案にはどこまでも厳しく――。


 凛とした女王だった。


 そして俺はそんな彼女を心から敬愛していたんだ。


「私なら、もっと――この国を成長させ、民に豊かな暮らしを。その自信がありますわ。だから、どれだけ困難でも、私はいつかこの国を導きたいと思っていますの」


 まだ十五歳の時点で、すでにルナリア様はそれだけの決意と自負をされていたのか。


 未来の歴史を知っている俺は、彼女がいずれ女王になることを知っている。


 それは熾烈な政争を勝ち抜いた結果だ。


 今の時点で、既にその未来を感じ取り、覚悟をなさっていたのか。


「俺は……ルナリア様こそが王の器だと感じております」


 俺は、抑えきれない感動を込めて言った。


「あなたこそが、必ずこの国を救うことになる……そんな予感がしてなりません」

「グレンは私を評価してくださるの?」


 ルナリア様が俺を見つめた。


「こんな十五歳の小娘のたわごとを、信じてくださいますの?」

「たわごとではありません。俺はルナリア様のお言葉にこの国の大いなる未来を感じます。そんなあなたを守り抜くことが、俺の役目です」

「嬉しい」


 ルナリア様は、心の底から嬉しそうに微笑んだ。


「こんな話……今まで誰にもできませんでした。でも、グレンなら正面から受け止めてくれる気がしたんです。よかった、私の思った通りでした」

「あなたが行くのは茨の道となるでしょう。ですから、俺があなたの剣となり、盾となり、あなたを守ります。どんな敵が相手でも。どんな未来が待っていても――」


 俺は熱情を込めて語り、ルナリア様の前に跪いた。


「未来の女王陛下を、俺が――」

「ありがとう、グレン」


 ルナリア様は慈愛と威厳に満ちた、未来の彼女を思わせる表情になった。


「いつか私は女王に、あなたは私を守る騎士に――」


 そっと右手を俺の前に差し出した。


「誓っていただけますか?」


 その声は優しく、気品と威厳に満ちていた。


「この身と魂に懸けて――」


 俺は差し出された手を取り、その手の甲に恭しく口づけした。


 忠誠と、俺のすべての想いを込めて。


「俺のすべては、あなたのものです。ルナリア様」


 顔を上げると、ルナリア様は満面の笑みを浮かべていた。


「あなたの忠誠を受け取りました、グレン」


 俺は熱に浮かされたように、その美しい笑顔を見つめている――。








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