43. K.Kashimoto

 あれは俺が高二の頃、正月が明けて新学期が始まる直前のことだった。

 近所に向井慎二っていう幼なじみがいてな。夕方、犬の散歩をしてたら声をかけてきたんだ。


「孝太郎、知ってるか? 南黒森中の校舎がとうとう取り壊されるんだってさ」


 別にどうでも良かったからたぶん、「へえ」だか「ふうん」だか気のない返事をしたと思う。だが、慎二の奴はどういうわけか妙に目を輝かせてこう続けたんだ。


「なあ、無くなっちまう前に一回見に行ってみないか」ってな。


 事件から一年半以上も経ってからのことだ。

 正直、その頃にはもうあんまり興味もなかったし、警察なんかに見つかったら最悪、停学処分だ。不法侵入で補導された高校生や中学生も五人や十人じゃ効かないって話も耳にしていたからな。だから最初は断ったよ。それで内申書に傷がつけば大学進学だって危うくなってしまう。俺は意外と慎重派なもんでな。興味本位で危ない橋を渡るほど無鉄砲でもなかった。

 いや、別に怖かったわけじゃないぞ。その頃はオカルトにも無関心だったんだ。

 まあ、それはそれとしていくら断っても慎二がどうしても行こうってやけに食い下がるんだ。そこまで行きたいなら別の奴を誘えよって言ったら、ようやく魂胆を明かしやがった。

 なんのことはない。慎二の奴、俺の妹が目当てだったんだよな。

 つまり、吊り橋効果を狙ってたわけだ。知ってるだろ。恐怖や不安を感じる状況でドキドキするとその気持ちが一緒にいる相手への恋愛感情が高まったように錯覚する心理現象だ。要するに心霊スポットで妹と二人きりになれば自分に関心が向くかもって企んだんだろうな。浅はかな奴だよ、まったく。

 妹? ああ、俺よりいっこ下だ。別に身内贔屓するわけじゃないが目鼻立ちがけっこう整ってる方だったから言い寄ってくる男子も多くてな。でも、まさか慎二までそうだったとは知らなかった。だからあのときは呆れてものも言えなかったよ。

 でもな、慎二があまりにもしつこく頼み込んでくるもんだから和美に、ああ、和美っていうのが妹の名前なんだが、妹に話だけはしておいてやるけど期待はするなって言いおいて帰ったんだ。そうでもしないと離してくれそうになかったから仕方がなかった。

 で、約束通り帰ってから和美に話したら、それが意外にも乗り気になってな。向井も一緒なんだがと言ったら、じゃあ自分も友達連れてくるって妙に張り切ってたよ。

 それで次の日の夜、俺と妹はこっそり家を抜け出し、自転車に乗って南黒森中に行ったんだ。道中、寒くてな。雪でも降るんじゃないかって思うぐらい冷え込んでいたな。それと満月が明るくてその青白い光に照らされて昼間とあんまり変わらないぐらい辺りの景色がはっきり見える晩だった。


 俺たちは南黒森中の近くのコンビニで待ち合わせをしていたんだが、着いた時には慎二も妹の友達もすでにいたよ。田舎だし真夜中だから客は誰もいなくて、とりあえず各々、ホットドリンクを買って、それから南黒森中に向けて出発した。

 で、当たり前の話なんだが、到着したはいいが正門も通用門も閉まっててな。太いチェーンロックがしっかり掛けられていた。俺と慎二だけなら門扉を乗り越えても良かったんだが、和美とその友達の……ええと、名前なんていったかな……あ、そうそう、確かウエヤマミドリだった。植山翠。

 妹はともかくその子に怪我でもさせちゃまずいと思ってな。それで、まあ時間もあるし学校の裏手のほうに回ることにしたんだ。

 ご丁寧に慎二の奴、下調べまでしていたらしくて、そっちに一部ブロック塀が崩れて入りやすくなっている場所があるっていうから、四人で他愛もない話をしながら歩いたよ。スプレーアートっていうんだったか。ブロック塀に描かれたラクガキが酷くてな。卑猥な絵とか言葉とか、訳の分からないアイアイ傘とかな。そんなのにいちいちバカじゃねえの、こんなの書く奴とか文句つけながらさ、つうか俺たちも不法侵入しようとしてるんだから同罪みたいなもんだったのにな。ま、若い頃はみんなだいたいバカなんだなって今になって思うけど、その頃はなんも考えてなかった。


 学校の裏手はこんもりとした低い山になっててな。二車線の県道から逸れて湾曲した緩やかな坂道をちょっと登ると左手にプール、体育館に続いてちょっと変わった形状をした屋根の建物が眼下に見えた。なんていうのかな、折り紙で作った傘みたいな、螺旋状の幾何学的な屋根だよ。それほど大きくはない平屋なんだがそんな風にちょっと凝った感じの建築で古めかしいけど斬新っていうか。

 慎二に聞くとそれはたぶん図書館だと教えてくれた。

 どうだ、珍しくないか? 中学校に図書館だぞ。図書室ならどの学校にもあるが、校舎とは別に図書館があるなんてな。高校ならともかく中学校だ。詳しくは知らないがあまりないんじゃないかと思うんだが……。


 まあ、それについては今はいい。


 とにかくその図書館の屋根を見下ろすように坂道を少し登ったところに慎二が言ったとおりブロック塀がU字型に崩れているところがあって、俺たちはそこを跨いで敷地内に入った。そこから下はコンクリート製のわりと傾斜が緩やかな法面になっててな。以前のニュースを思い出して「ああ、多分ここから取材記者が不法侵入しようとしたんだな」とか思った気がする。まあ緩やかって言っても女子が一人で降りるのはちょっと厳しくて、だから慎二が和美に手を貸してやったりして、それを見ていたらちょっと気分が良くなかったのを覚えているな。いや、俺は別にシスコンじゃないぞ。妹の兄なんてのはだいたいそんなもんだろうが。違うのか。

 

 そういうわけでなんとなく俺たち四人はその先、慎二と和美、俺と植山翠のペアになった。

 え、植山翠? 別に普通の女子だったぞ。たしか髪はショートで白のダウンっぽいコートを着てたかな? 妹よりは口数が少なかったが全然喋らないわけじゃなく、「親にバレたらヤバいんじゃないの」って尋ねたら母子家庭で看護師の母親がちょうど夜勤だから大丈夫って答えたと思う。


 あ? 手なんか繋ぐか……あ、いや、法面を降りるのに手を貸したかも。

 そこから恋に発展?

 おまえみたいな軽薄なバカと一緒にするな。

 

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