28. IC Recorder

―――― 降り続く激しい雨の如くザァーーッと流れていた平坦な音を突如打ち破ったガガガッという雑音。続いて耳障りなハウリングがキィーーーンと鼓膜を突く。


「……やろっか。……ていうか、あれ? もう録音できてるのかな、これ?」


 聞こえてきたのは若い女性が訝しげに自問する声。

 ガサガサとおそらくはマイクを触る音。


「うん、大丈夫みたいだね。じゃ、これからインタビューを始めます。いい?」

「……あ、はい」


 どこかためらいのある返事。高校生にしては少々声が幼い。

 咳払いがひとつ聞こえる。


「えっと私は県立西長戸高校二年、新聞部所属、駿河真希です。二年前、2002年の6月にN県M市立南黒森中学校で発生した大量殺人事件についての興味深い証言をここに記録します」


 再び咳払い。


「えーと、それではまずはあなたのお名前から教えてください」

「え、あの、これ、匿名って……」

「いいじゃん。ドラマとかではこういう風にやってるでしょ。約束通り、記事にあんたの名前は載せない、絶対。だからさあ」

「……」


 砕けた駿河の口調に取材対象の女子は戸惑っているようだ。

 しばらく沈黙が続く。


「んー、まあいっか。それじゃ、まずは例の事件の背景について聞いていくよ」

「……あ、はい」


 紙を捲る音。


「んと、じゃ、ひとつ目の質問ね。あなたは事件後、失踪したまま行方が分からなくなっている瀬良凛さんとはどういう関係でしたか?」

「どういうって、えっと、その、友達……だったと思います」

「本当に?」


 失笑めいた感触が含まれている駿河真希の疑問符。

 

「はい……でも、向こうがどう思ってたかはちょっと……」

「まあ、そうだよねえ。勝手に友達ヅラしてんじゃねえよって思ってるかもねえ。今も生きてればだけどさあ」

「……」


 いきなりの容赦ない責め句にどう反応すれば良いのか分からないのだろう。

 口を噤んだ女子生徒に対して駿河は特に気にするでもなくインタビューを進める。


「じゃあ次の質問。事件で亡くなった女子生徒六人は全員あなたと親密な関係にあったと聞きましたが本当ですか?」

「あの、親密っていうのとはちょっと違うような」

「じゃあ、仲良し?」

「えっと……まあ、はい」

「そして六人とも同じクラスだった」

「はい」

「ということはあなたを含めた彼女たちは全員、ひとつの女子グループのメンバーだったということですか」

「……はい、そうです」


 いまにも消え入りそうなくぐもった返答。


「その女子グループの人数は?」

「七、八人……か、九人ぐらいだったと思います」

「え、どうして正確な数が分からないのかな」

「それは、えっと、いわゆるグレーゾーンっていうんでしょうか。グループに入っているかどうか、はっきりしていない、つまり準メンバーみたいな人たちもいたからです」

「で、あなたもそのうちの一人だった?」

「……はい、そうだったと思います」


 コツンコツンとペン尻で机を弾くような音。


「そのグループにはリーダーのような存在はいた?」

「はい、いました」

「なんて名前?」

「えっと、カミ……え、それって言わなきゃダメ、ですか?」

「言いたくないの? どうして? もしかして殺された人の名前は言いたくないとか?」


 女子生徒が口籠もる間がひとしきり続き、それから駿河の短いため息。

 紙を捲る音。駿河のメモ帳だろうか。

 遠くで誰かが談笑しているような声がかすかに聞こえる。


「まあ、いっか。カミなんとかさんね。じゃ、とりあえずKさんとしておこうかな。で、あなたはどうしてそのグループに入ったわけ?」

「私……私は別に、ただなんとなく」

「リーダーのKさんに誘われた?」


 彼女が首を振ったのだろう。

 矢継ぎ早に駿河が尋ねる。


「じゃあ、他の誰か?」

「いえ、別にそういうんじゃなくて多分、席が近かったからだと思います」

「席?」

「あ、はい、カミ……えっとKさんの席が私のすぐ後ろの席で、休み時間とかわりとちょくちょく話しかけられたりしてて、それでいつのまにかっていうか」

「ふうん、そっか。じゃあ、成り行きってわけだ」

「はあ、まあ、そうです。成り行きでいつのまにかグループに入ってたって感じです」

「で、その成り行き上、瀬良凛さんへのイジメにあなたも加担していた、と」

「え、なんですか、それ……」

「いや、そんな驚かなくてもいいじゃん。あの当時の週刊誌にはそういうこともバンバン書かれてたわけだし、イジメがあったことなんてみんな知ってるって」


 しばし沈黙。


「んーもう、悪かったよ、不意打ちして。でもさ、正直に答えてよ。いじめはあったんでしょう」

「……」

「だってさあ、あんたたちのグループのうちその六人が惨殺されて、イジメ被害に遭ってたと思われる女子生徒、つまり瀬良凛さんは失踪して未だ行方不明。どう考えても何かあるじゃん。私は別にあなたを責めてるわけじゃないんだよ。ただ事実関係をはっきりさせ……」

「ありました」


 諦めて放り投げたような言葉が駿河の発言を止める。

 

「ん、なに?」

「だからイジメです。ありました」

「ほうほう、素直に打ち明けてくれてありがとう。それで? どんな風に虐めてたの」

「言っときますけど、私はやってません。Kさんや他の子達が……」

「うん、分かってるよ。だってあなたが積極的に瀬良さんを虐めてたら今頃はもうこの世にいないと思うもん、ふふ」


 辛辣なフォローに女子生徒は絶句したのだろう。

 しばらく沈黙が続く。


「それで?」

「……豚足」

「ん?」

「その子のことトンソクっていうあだ名で呼んでました」

「なんでそんなあだ名に?」

「えっと、その子の右足、生まれつきちょっと短くて。あと、家が豚骨ラーメン屋だったから。短足と豚骨で、それで」

「ふむふむ、なるほど、なかなかスパイスが効いてるね。他には?」

「黒板やその子の机に酷いこと落書きしたり、上履きを捨てたり、体操服をハサミで切って……」

「あはは、ステレオタイプだねえ。他には?」

「あと、トイレに連れ込んで服を脱がせて写真撮ったり、あと血がついた生理ナプキンに名前書いて男子の机に置いたり……」

「おうおう、やることやってんね。で、あなたもやってたんだ、そういうこと」

「やってません! 私、そういう酷いことしそうなときはメンバーから外れてました。本当です!」


 ガタンと椅子が音を立てる。


「うそうそ、ごめん。冗談だよ。謝る、このとおり」


 駿河が両手を合わせ、ついでにウインクも付け加える様子が目に浮かぶ。


「だから落ち着いてえ、座ってえ、ハイ深呼吸ぅ」


 女子生徒の深いため息。そしてゆっくりと椅子を戻す音。


「でもさあ、それじゃ逆にあなた、どうしてイジメに加担しなかったの」

「……どういう意味ですか」

「だってちょっとおかしくない? イジメとかする女子グループって罪の意識で結束してるっていうか、そういうのあるでしょ。踏み絵じゃないけど一緒にやんなきゃ仲間から外すみたいな、暗黙の了解っていうのかな。だからあなたが本当にやってないならそれ相応の理由があるんじゃないかなって思ってさ」


 駿河の声から戯けさが消えた。

 それから数秒の間。


「……私、凛ちゃんと仲良かったんです、小学生の頃」

「ああ、なあんだ。そういうことか」

「分かるんですか。なんかいきなり簡単に納得してもらったみたいですけど」


 女子生徒の口調に険がこもった。

 けれど駿河はいたって淡々と返す。


「分かるっていうか、まあ想像は付くよ。要するにあなたの心の中には瀬良凛さんに対する同情心があったってことでしょ。気の毒に、可哀想に、できることならなんとかしてあげたいわ、でも私には何もできないの、ごめんねえ……みたいな?」


 後半は嘲笑うような口ぶりでそれが女子生徒の怒りにいっそう火を注いだみたいだ。


「違いますッ!」

「え、違うの? じゃあどういうわけ? 聞かせてよ、勘の悪い私にも分かるようにさあ」

「……」


 ぎりりと奥歯を噛み潰すような沈黙。

 やがて駿河がひとつ長い息を吹き出した。


「ねえ、あのさあ」

「……」

「あなた、なんでこのインタビュー受けようと思ったの」

「……」

「アタシが三年であなたが二年、その上下関係が理由?」

「……いいえ」

「だよねえ、そんなバカな話ないよねえ。じゃあさ、アタシがあなたの秘密知っちゃったから? あなたが惨殺された六人が入ってたその女子グループの一員だったって私にバレちゃったからかな。それで取材の依頼を受けなきゃこのことを拡散されるかもしれないって心配だったから?」


 その質問に女子生徒は少し間を取って答える。


「それは……少しあります」

「ハハ、ま、そりゃそっか。当然かもね。でもそこは信用して欲しい。アタシこう見えて意外と口は硬いんだ。それにさ、白状するとこんな風に意地悪く訊くのも考えがあってのことなの。だから分かって欲しい。この取材に他意はないってことをさ」


 柔和ながら強い芯を感じる駿河の言葉。

 ややあって女子生徒がおもむろに尋ねる。


「……考えってなんですか」

「ん?」

「先輩、今、言ったじゃないですか。考えがあるって」

「ああ、それはね、んとね……んー、これは最後に打ち明けようと思ってたんだけど、まあ、いっか。その方があなたが話しやすくなるかもしれないし。それに本当のところ、アタシこのインタビューを学校新聞の記事にするつもり、あんまりないんだよね」

「え、じゃあどうして」


 女子生徒の驚きの声に顔も知らない駿河がニヤリと笑ったように思えた。


「そうだね、『膿を出す』っていうかさ。そういうのが目的かな」

「膿……ですか?」


 女子生徒の不審げな口ぶりに駿河はこう問い返した。


「あんたさ、ずっと贖罪したかったんじゃないの?」


 その言葉は女子生徒に突きつけた刃物のように鋭く感じられた。

 

「図星ね。だから分かるって言ったの」

「……ということは駿河さんにも同じような経験があるんですか」

「さあね、それはヒ・ミ・ツ。取材してるのはこっちだし」


 横振りした駿河の人差し指とそれを見る女子生徒の不服そうな顔が脳裏に浮かぶ。


「まあ、でも人間ってさ、八割方そんなもんなんじゃない? 胸に抱えた大きな後悔に対していつか修正できる機会があるって信じてる頭ん中一面お花畑的なロマンティストっていうのかな。あなたもそうなんでしょ」

「……」


 彼女のまなじりから涙が溢れたのだろう。


「泣いたって変わんないよ、そういうのは。それにあなたには贖罪をしたい意味がもうひとつある。それは恐怖から逃れるため。違う?」

「……」

「怖いんでしょ。化け物がいつか自分を殺しにくるんじゃないかって」

「……」

「だから謝りたい。できることならその子の前で土下座でもなんでもして罪を償いたい。『あのときなんにもできなくてごめんね』『味方になってあげたかったけど怖くてできなかったの』『悪かったと思ってる、だから許して欲しい』なあんておためごかしで赦しを得て恒久的な身の安全と安らぎを確保したい。自分の身許を隠して、事件とは無関係を装ってこの高校に通いながら、ずっとそう願ってる。そうなんでしょ」


 そう言い募る駿河の声色に熱はない。

 ただ真実を確認したい、それだけ。ジャーナリストの問い掛けだった。

 啜り泣く女子生徒。


「ふふん、そういうのなんていうか知ってる?」

「……」

「ムシが良すぎるっていうんだよ」


 低く冷徹に放たれた駿河の声。

 そして彼女の嗚咽。


「でもさ、そんなあなたでもアタシ、なんとかしてあげたいって思ってる。どうしてか分かる?」


 駿河の声に柔らかさが戻った。

 女子生徒は首を振ったのかもしれない。


「そりゃあさ、やっぱさ、苦しんでいる人をほっとけないじゃない? だからアタシはあなたに贖罪の機会を与えてあげようって決めたの。ま、私は瀬良凛じゃないけどさ、それでも心の中にある沈殿物を洗いざらい吐き出せばあんたも少しは楽になるんじゃないかなってね。つまりさ、私たち以外誰もいないこの放課後の視聴覚室があなたにとっての聖なる告解室ってわけ。どう? 理解できたかな?」


 咽び泣く女子生徒がその涙声で「……はい」と答えた。

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