25. R.Sakuma
「ところで山寺課長はお元気なの」
「ええ、変わらず精力的にゴルフと会食に勤しんでいらっしゃるようです」
礼香の問いかけに苦笑まじりにそう答えたのは小湊美鈴。
場所は居酒屋の個室。掘り炬燵のテーブルを挟んで二人は対峙している。
小湊はこの秋の異動で N 県警捜査一課に配属された警部補である。現在は県警捜査二課の係長を務める礼香とは署内で顔を合わせる機会はあるもののほとんど面識はない。彼女の前任先は F 市西警察署刑事課であり、つまりこの席は現在そこの課長を務めている山寺によって取り持たれたものである。
「そっか、なら良かった」
「え、良かった……ですか? 刑事部長あたりはいっつも苦い顔してましたけど」
首を傾げた小湊を礼香はくすりと笑った。
「まあ、周りはそうだろうね。でもヤマさん自身が平穏に過ごせていればいいの、私からしてみればね」
南黒森中の事件の後、しばらくしてヤマさんは異動願いを出した。
あの現場を目にした者は皆、多かれ少なかれ心に深い傷を負っていた。また、事件に関わった捜査員の全てがその解決の糸口さえ未だ見つけられないでいることに忸怩たる想いを抱き、また悔いていた。もちろん三年が経った今でも捜査は続いているし、三奈木などは現場百遍よろしく暇さえあれば南黒森中跡やその付近を訪れたり、当時の生徒たちに聞き込みを行ったりしている。
しかし刑事とはいえ、人間である。
年端もいかない子供たち十一人が遂げた無惨な死に様を見て何も思わない者などいない。叩き上げである山寺は捜査一課員であることを何よりも誇りにしていた男だった。その愛すべきデカ一筋の彼があの事件の後、難航を極めた捜査の末にやがてある日の夕刻、茜色の秋空に遠い目を遣りながら礼香にボソリと漏らしたのである。
「なんだかなあ、心を折られちまったみたいだ」
移動願いが出されたのはその次の日のことだった。
誰も引き留める者はいなかった。
かくいう礼香も山寺の後を追うようにその半年後に異動願いを出し、主に知能犯を扱う捜査二課に転属させてもらった。
ずっと眠れなかった。
ベッドに横になり目蓋を閉じると網膜に焼き付いたあの凄惨な光景が必ず甦った。
焦りもあった。
捜査本部が置かれ、
専門家を交えて何度もプロファイリングを試みたが、その犯人像さえ朧げにも浮かんでこなかった。それはあの日、礼香が現場で浮かべた思考をただ堂々巡りするものでしかなかった。
鑑識と司法解剖の結果、メインフロアで殺害されていた六人の女子生徒は全員、ごく短時間の間に生きたまま腕や脚、そして頭部をちぎり取られて死亡したという司法解剖鑑定が下された。
またステージ裏手の体育用具室で殺されていた男子生徒五人について、犯人は彼らに殴打などによる重傷を負わせた後、漆喰壁に磔にした上で手足の指を切り取っていた。また長谷川智史という犠牲者については性器を引きちぎるように切断していて、さらに切腹でもさせたように全員の腹部を真一文字に切り裂き、内臓を腹腔外へ露出させ、失血により絶命してから首をもぎ取っていた。
男子生徒たちの頭部は体育館の横にあるプールの飛び込み台に磔の順番通りに整然と並べて置かれていた。彼らの顔には総じて苦悶が浮かんでいた。まるでこの世に生まれてきたこと自体を悔やんでいるかのような表情で、彼らのそれはどれも写真でさえも見るに耐えないものだった。
いくら現場を調べ尽くしても実行犯に繋がる物証はほとんどなかった。
図書館にはその司書室前の床に縦横二メートル、深さも二メートルほどある真四角の穴が穿たれていて、どうやら犯人はそこに犯行直前まで潜んでいたらしいということは分かった。それは形状からして人為的なものに違いなかったが潜伏場所としては全く不可解である上に、学校関係者のいずれもそんな場所に穴があったとは知らず、また司書である教師の話では当日の朝、司書室を訪れた際にもまるで気づかなかったと不審げな表情を作った。
図書館の床や体育館に残されていた
それらから導かれる結論はあの日、礼香が現場でバカバカしいと首を振ったあの思考となんら変わりのないもの。つまり、
――――――― つまり、人間の仕業ではないのではないか。
というものだった。
しかし、だからといって野生動物によるものとも考えられず、捜査はそこで行き詰まってしまった。どれだけキャリア警視正に嫌味を言われようと事実を捻じ曲げて解釈するわけにもいかない。自分たちは首を傾げて戸惑い続けていた。
ただし、犯行の動機に繋がりそうな遺留物がひとつだけ上がっていた。
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