18. S.Aizawa

 六月八日木曜日。

 計画決行の日。


 少し迷ったけれど今朝、僕は母親に特別なことはなにも告げず、普段と変わりない態度でいつもより早く家を出た。自分が今日、死ぬかもしれないなんて言えるはずもなかったし、わざわざそういう雰囲気を匂わせたりするのも少し違う気がした。それに正直に打ち明けたところで母親は信じてくれたりはしないと分かっていた。


『僕ね、今日、鬼になって同級生を何人か殺す予定なんだよね』


 そんな風に真剣に話したところで品の悪い冗談だと一笑に付されるか、良くて頭がおかしくなったのではないかと心配されて終わりだろう。だから母親にはなにも言わなかった。代わりに昨晩、遺書みたいなものをしたためて机の引き出しに入れておいた。


 母親にこれまでの感謝を伝え、先立つ不幸を許してくださいと書いた。いじめのことには触れなかった。僕が死んでから母さんがそれを知ったらきっと一生の後悔と重荷になってしまうと思った。まあ、僕が教えなくてもいずれ分かってしまうだろうと予想もついてはいたけれど。


 六月とはとても思えない肌寒い雨の日だった。

 制服の移行期間だったけれど、僕は学生服を着て家を出た。

 今日の予定を考えればその方が良いと思えた。


 通学カバンの中には五通の手紙が入っていた。

 それはタイゾーや長谷川ら五人に宛てた手紙だった。

 内容は思い切り挑発的なものにした。

 自分はこれまでのことをすごく恨んでいるし、怒ってもいる。だから三限目と四限目の間の休み時間にいつもの用具室に来て僕に謝罪してもらいたい。もし来なければ僕や田村くんに対するいじめや金銭の巻き上げについて学校と教育委員会に訴えると末尾に脅し文句を添えた。

 彼らを誘き寄せるには充分な挑発だと僕はその文面に自信を持っていたけれど、思い通りにいかない可能性も少なからずあった。もし彼らが来なかったらどういう事態になるのだろう。鬼になった僕は教室を回って一人ずつ殺していくのだろうか。そのときはやはり周りにいる生徒も道連れに殺してしまうのだろうか。その辺りの予測は全く付かなかった。

 また女神カリが出現しなかったらどうなるのかということも、僕は考えないわけにはいかなかった。というよりそもそも僕は女神カリや返し鬼などというのはただの迷信だと思っていて、瀬良さんがどこまで信じ切っているかは今でもよく分からないけれど、少なくとも僕はほとんど可能性はないと内心では決めつけていた。そんな非現実的な伝説を鵜呑みにできるほど僕は子供じゃない。ただ瀬良さんが迷信を信じて、女神カリの力を頼って復讐したいと願う気持ちは心の底から理解できるし、僕は彼女の味方であり続けたいから信じ切っているふりをしている。

 だけどそれはそれとしてこれだけの挑発をすれば当然、僕はおそらくは今日中にあいつらから想像もできないほど酷い仕打ちを受けることになるだろう。あるいは運が悪ければ死んでしまうかもしれない。

 だけど、それでもいいと諦めている自分がいる。たとえそういう結末になったとしても、もともと僕は自殺を考えていたわけだし、曲がりなりにも死ぬ前にあいつらに反抗の意思を見せつけることができると考えればそう悪くはない。

 それに僕が死ねば、さすがに学校も問題を放っておくわけにもいかず、重い腰を上げていじめについて本格的な調査を始めるかもしれない。そうなれば瀬良さんが受けているいじめも明るみになって、結果として彼女が救われるのではないか。今となってはその憶測こそが僕の本望のような気がする。

 瀬良さんに出会う前の僕はこのまま地獄のような日々を送り続けるよりもいっそ死んで楽になりたいという願望を常に持ちながら、それでいて死に対する激しい恐怖に苛まれるという矛盾のはざまで右往左往していた。

 死にたいという衝動にまかせて学校の近くに立つ十階建てのマンションに忍び込んだこともある。けれど最上階手前の非常階段の踊り場から手摺り越しに下を覗いただけで僕の膝は震え、腰も萎えてしゃがみ込んでしまった。なんて勇気のない男子なんだろうと恥ずかしくなり、僕はその場でしばらく泣いた。

 

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