8. R.Sera

 柘榴神社は鬼を祀る社であるらしい。


 鬼といえば禍を巻き起こす凶悪な存在だと思っていた。事実、調べてみるとその通りで大まかに例えれば『日本の鬼イコール西洋の悪魔』の等号式が成り立ち、あるいは仏教やヒンズー教においては鬼は死者やその霊魂を指すものであることが多いという。


 柘榴神社がそんな物騒な鬼を祀っていると知って私は思わず首を捻った。神社とはその名の通り神様を崇め奉る場所であるはずなのに、なぜ神とは全く正反対で非道な存在とも云える鬼を祀っているのか。その意味が全く理解できなかった。

 けれど柘榴神社の他にも鬼を祀る神社は全国各地に点在しているらしく、どうやら昔の人々は自然災害や戦争被害など、自分たちの力が及ばない厄災について鬼の祟りが引き起こしていると考え、その鬼の機嫌を宥めるためにそういった神社は建立されたみたいだった。要するに科学が発展していなかった古代では未知なる力がもたらす災いに対してとりあえず神でも鬼でも恐れ平伏しその怒りをなんとか抑えてもらうしか方法がなかったというわけだと思う。

 それについてはなんとなく納得できたものの、けれどそのときクラスの男子たちが面白半分に話していたのはそのような得心が全く及ばない荒唐無稽な逸話だった。


 ―――― 柘榴神社には返し鬼という名の悪鬼が飼われている。


 その奇妙な伝承を私の鼓膜が拾ったのは五月も終盤に差し掛かったある日の放課後のことである。ホームルームが終わり、帰り支度をしていると不意に窓際の一角からそんな話題が聞こえてきたのだ。

 チラリと目を向けるとそこに少人数の男子が輪を作っているのが見えた。その中で得意げに話を切り出していたのは普段あまり目立たない少し小太りの山内という男子生徒だった。別段、興味を惹かれたわけではなかったが、聞くともなく聞いていると山内くんはまず自分の家が柘榴神社の宮司と親類関係にあるということを明かし、その上でこう続けた。


「でね、日曜日にひいじいちゃんの七回忌とかいうのをやったんだけど、その時に叔父さんが、あ、叔父さんっていうのは今の宮司さんの弟なんだけど、その人がこっそり教えてくれたんだ。柘榴神社は鬼を飼ってるって。そういう言い伝えがあるって」


 高揚した口調でそう切り出した山内くんに対して、取り巻いていた三人のうちのひとりがプッと吹き出した。


「なんだよ、それ。鬼なんて飼えるわけないだろ。犬や猫じゃないんだから」


 残りの二人も続いてケラケラと笑ったのでバカにされたと感じたのだろう。山内くんは鼻息荒く対抗した。


「いや、そりゃ俺だってすぐには信じられなかったさ。けど、どうやら本当らしいんだよ。鬼伝説、聞いたことないか。昔、江戸時代だったか飢饉の時にこの地方に鬼が出て大勢の人を殺したって」

「ああ、それな。小さい頃、じいちゃんか誰かに聞いたな。確か、一揆衆かなんかを全滅させたとか、なんとか」

「それそれ、その鬼を飼ってるんだよ」

「ウソつけ。封印ならともかく鬼を飼うって発想がやっぱよく分かんねえよ。なあ」


 山内くん以外の男子がケラケラ笑った。

 

「いや、本当らしいんだって」


 バカにされて悔しいのか、山内くんが勢い込んで話を続ける。


「おまえらも知ってると思うけど柘榴神社ってなぜか鬼を祀ってるじゃん。それに本殿からちょっと離れたところに首無し地蔵と祠があるだろ。あれって飼ってる鬼を封印してる場所なんだってさ。これってシンピョーセー高くない?」


 その論説にすぐさま別の一人が反論する。


「鬼を祀ってるからって飼ってるってことにはならないんじゃない。だってさ、それなら普通の神社は神様を飼ってることになるし、稲荷神社はキツネを飼ってないといけないじゃん。まあ、キツネなら飼っててもおかしくないかもしんないけどさ」


 その屁理屈というか揚げ足取り的な発言に他の二人もそうだそうだと賛同し、山内くんはいきなり孤立無援になってしどろもどろに口調を乱しながら、それでも必死に応戦する。


「でもさ、でもさ、叔父さんの話では戦時中、陸軍の将校が柘榴神社に来て鬼のことを調べたことがあったんだって。どうやら鬼を戦争に使う計画があったんじゃないかっていうんだ。そこまでするんだから本当の話なんだよ、これって」

「えー、ホントかな。だってどうすんのさ、戦場まで連れていく間に鬼が暴れて味方が全滅しちゃったら」

「だからそれは飼ってたっていうぐらいだから、そうならないように鬼を手懐けてたってことじゃん」

「いやいや、鬼を手懐けるとかさすがに無理じゃない? ていうか、そもそも返し鬼ってなんなんだよ。隠れ鬼ならやったことあるけどさ」


 訝しげに首を捻ったその男子に山内くんはちょっと自信なさげに返した。


「えっと、叔父さんの話によると返しっていうのは仕返しのことらしくて、だから仕返しをする鬼ってことだと思う」

「え、仕返しって誰に?」

「えっと、それはなんか儀式みたいなのをして、頼めば仕返しをしてくれる、みたいな……」

「儀式って?」

「さあ、それはよく分かんないけど……」


 山内くんの口調があからさまにトーンダウンしていく。するとおもむろに白けた空気が流れ始め、次いで男子の一人がなんとなく話をまとめた。


「まあ、ありがちだよな。呪文とか儀式とかさ。でも結局、そういうのって全部作り話じゃん。アニメとか漫画の中だけの話だよ。ていうか伝説ってそういうもんじゃない。昔過ぎて今はもうよく分かんなくなってるから伝説っぽくなってるっていうかさ」


 すると他の二人も同調した。


「そうそう。だから鬼っていうのも本当は悪さをするただの人間だったりするんじゃない?」

「だよな。現代でも大量殺人犯のこと殺人鬼とか呼ぶしさ。あ、てことは、もしかして柘榴神社にはそういう極悪人を閉じ込めておく牢屋があったってことかもよ」

「うんうん、そういうことならありそう」


 自分の思惑とは違う納得のされ方に山内くんは気分を害したのか、ため息まじりにもういいよとその場に言い捨てて自分の席に戻った。彼の席は私のすぐ後ろだったから教科書などを無造作にスクールバッグに納めていく音と重なって、呟きが聞こえてきた。


「……んだよ、もっと面白いこと教えてやろうと思ってたのに」

「なに? もっと面白いことって」


 私は無意識のうちに振り返って、山内くんにそう訊いていた。

 彼が面食らったのはいうまでもない。

 クラスメイトとはいえこれまで一言も口を効いたこともない女子生徒からいきなり問い掛けを受けたのだ。しかも彼にとっては女子グループからいじめを受けている私とは正直あまり関わりたくなかったに違いない。だから驚くというより混乱したのだろう。

 山内くんは数秒間、目を瞠いて私を見つめたまま絶句し、それから若干取り乱しつつも帰り無言で支度の続きを再開した。無視されたのだとすぐに私は諦め、反転させていた体の向きを早々に戻した。するとそれとほぼ同時に山内くんがボソッと漏らした聞き取りにくい言葉が背後から耳に伝わってきた。


「……図書館」

「え?」


 彼は帰り支度をしている他の男子に私と会話していることを悟られたくないはずだと察した私は再び身を捩ろうとしてなんとか堪えた。山内くんは机の中に何も残っていないか、確かめるフリをしているのだろう。ガタガタと響くその大袈裟な音で隠すようにヒソヒソ声を続けた。


「えっと、んだから図書館。なんでも柘榴神社とうちの学校の図書館の間には秘密の通路が繋がってるんだってさ。で、そこに鬼を閉じ込めてる檻があって、儀式をして頼めば鬼が仕返しをしてくれるって叔父さんが教えてくれたんだよ」


「ねえ、その儀式ってどういうものだったか詳しく調べられないかな」


 私は背もたれに深く体を預けながら、同じように声を潜めてそう尋ねた。すると山内くんは今度は大きな音を立てて椅子の位置を直しながら、やはりくぐもった小さな声で答えた。


「そんなこと俺が知るわけないだろ」


 そう言い置いた彼がそのまま席を離れていく気配があった。

 

「ありがとう」


 黒板に向いたまま放ったそのお礼の言葉はたぶん彼の耳には届かなかったと思う。

 幸いにもその時、教室には神川や他の女子グループメンバーは残っていなかった。気がつくと私は取り憑かれたようにという単語を頭に繰り返しながら図書館に向かっていた。

 

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