チェックメイトはバニラ味
帆尊歩
第1話 チェックメイトはバニラ味
「人生詰んだ。と思われたことはありますか」頭を七三分けにした男は怪しい銀縁めがねをズリあげながら、オレの顔を見つめる。
「いや、幸いにもそういう経験はないけれど」
「それはそれは。ですがそういう人は弱い」
「はいっ」
「人は逆境において強くなれる。さらに今を生きようと前向きになれる。最近人生がマンネリ化していませんか」
大きなお世話だと言う言葉を飲み込んで、
「はあ」と言う気のない返事をする。
「当サークル「チェックメイト」はそういう方に生きる希望と活力を差し上げるアミューズメント施設です」
「アミューズメント施設?」物は言いようだ。
まあ足を運んだのはこっちだ。
オレは「チェックメイト」と言う怪しい広告を見つけた。
人生に生きる希望と活力を。その言葉にほだされるようにしてこの都心の雑居ビルのワンフロアーに来た。
全てにオレはやる気をなくしていた。
会社では昇進したが、それ以上は親会社から来た人間しか上がれない。妻とはうまくいっていないわけではないが、もう完全な同居人だ。
おまけに子供もいない。
このまま歳を取るだけの人生と考えるようになる。
「体験してみますか?」えっ、いきなりか。
「いやー、今日はそういうつもりではなかったけれど」
「まあまあ、体験は無料ですから」男は有無も言わせない感じでオレを隣の部屋に連れて行った。ちょっと高級そうなベッドに横にさせられると、男は驚くべき手際で電極を頭に付ける。
「すぐに眠くなります。現実に戻る時は、バニラの味の物を食べてください。それが覚醒の合図になります」
「なんでバニラなの?」
「バニラはリラックス効果があるんです。逆境からリラックスです」
「ちょっと何言っているか分からない」
「まあ、細かいことは良いじゃないですか。この体験版は軽めですので」
「そうなの」といった辺りで急激な眠気に襲われた。
目の前には明らかにカタギではないオヤジが机に座っている。
オヤジの頭の上には無数の提灯が飾られている。
そして真ん中に看板が掲げられている。
「あなたの生活を豊かに。生活サポート。ニコニコ金融」
そうだオレはパチンコにはまって、借金を作り、このヤミ金で金を借りてしまっているんだ。
「返済の方はどうですか」
「いやー」もうすっからかんだ。
イヤ軍資金がないからこそ、様々な所から金を借りて、最後がここだ。
「そうだ、旅行にでも行きませんか。旅費うち持ちで」
「えっ」
「そこでちょっと入院して腎臓を売りましょう。300万くらいにはなるでしょう。なあ、専務」と横の男にオヤジは話しかける。
「まあ、利息くらいですね。でも返済をするという気持ちが重要ですからね」
「じゃあ、そういうことで」そこでオレは両脇を抱えられて引きずるように外に連れ出される。オヤジは笑顔で手を振る。いやいや、冗談じゃない。それで借金が無くなるならともかく、永遠に元本はなくならない。
人生詰みだ。
引きずられるように外に出ると、なぜか屋台のアイスクリーム屋が出ている。
これか
「まって、まって。最後にアイスクリーム食べさせて」
「はあ、なめてんのかおい」そんな恫喝を無視してお姉さんに声をかける。
「バニラアイスください」
「申し訳ありません。ただ今バニラ切らしております」
「はあ」話が違う。
「何でも良いバニラ」
「さっきすてたバニラビーンズならゴミ箱に」オレは大きなゴミ箱に頭を突っ込んだ。明らかに生ゴミだ、でも文句を言っている場合ではない。口に小さい粒が当たった。おそらくバニラビーンズ。
オレはベッドの上で目を覚ました。
まだ心臓がドキドキしている。
荒い息で胸を上下させている。
「いかがでしたか」銀縁めがねが満足そうに尋ねる。
「ふざけるな。死にそうになったんだぞ」いやまあ、腎臓一つでは死なないかもしれないけれど。
「ご満足いただけたようで」
「話聞いていたか。死にそうになったんだぞ」
「いえそれは人生詰む瞬間ですから、「人生、チェックメイト」です」それが決めぜりふなのか銀縁めがねはポーズをとった。
「無料体験は二つまでしていただけますが」
「誰がこんなもの」
「あっ、でもまだストーリーが」
「例えば」
「通り魔に家族全員殺され、復讐するも返り討ちに遭うとか」
「救いようがないな」
「とっておきのが」
「なに」
「詐欺に遭って。全財産巻き上げられ、借金まで負う。
自己破産はとおらない。みたいな」
「冗談じゃない。二度と来るか」そう言ってオレは事務所をあとにした。
全く時間の無駄だった。
その夜、妻と夕食を共にする。
そこにはなんの憂いもない幸せがあった。そう思えるのは、今日のことがあったからか。くやしいが「チェックメイト」の効果があったと言うことか。
「あっ、今日アイス買って来たの。夕食の後のデザートはバニラアイスよ」
「えっ」バニラ?まさか現実に、イヤ今が現実だろう。もしかしたらこれは幻想で現実は?
オレは目の前におかれたバニラアイスに手をつけられずにいた。
チェックメイトはバニラ味 帆尊歩 @hosonayumu
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