ヒーロー
鶫
『ヒーロー』
要領の悪い男がいた。真っ昼間の公園のベンチで一人、沈んだ様子で座り込んでいる。上司のミスをなすりつけられ、会社をクビになり、途方に暮れていたのだ。
そこに一人のヒーローが現れた。ヒーローは尋ねる。
「どうしたんだい? こんなところで」
男は煩わしそうに顔をあげる。
「あんた知ってるぜ。最近テレビで話題のヒーローだろ? いい身分だよな。さっきクビになっちまった俺とは大違いさ」
それを聞いたヒーローはおどけた様子で肩をすくめ、そして言った。
「僕に憧れてるのかい? 光栄だね。じゃあ君もヒーローになってみないか?」
男は少し困惑したような顔をして言う。
「そんなことができるのか?」
「ああ、簡単さ」
そういうとヒーローは男に手のひらを向け、何かを唱えた。すると、あら不思議。魔法にかけられたように、男は一瞬にして典型的なヒーローのコスチュームに身を包まれた。
「これで超人的なパワーを使えるし、空だって飛べる。せいぜい楽しんでくれ」
男は試しに足元に力を込めてみた。すると、ヒーローの言う通り、宙に浮くことができた。男は感激で目を輝かせながら言った。
「なんて素晴らしい力だ。どう礼を言えばいいのか」
「礼には及ばない。それじゃ、元気でな」
変身を解き、ヒーローは去っていった。その後ろ姿は気のせいかとても清々しそうに見えた。
男はしばらく超人的な力を楽しんだ。空を飛んだり、水を操ってみたり、とてつもない速さで走ったりした。満足した男は家に帰り、風呂に入ろうとした。しかし、ヒーローのスーツはピッタリと体にくっついていて脱げそうに無い。
「あれ? おかしいな。ああ、そうか。アイツみたいに変身を解けばいいのか」
しかし、変身の解き方がわからない。
「まずい事になったぞ」
それ以来、男は散々な日々を送った。
ヒーローとして人を助け、人々に認知されないと、ただの仮装趣味の変質者だと思われ、町でまともに暮らすことができない。そして、やたらと目立つコスチュームのせいで、些細な揉め事すら知らん顔できないのだ。
小さいものも含めると、町では限りない数の犯罪が起きている。朝昼晩と町を駆け回り人助けをする。誰かに雇われてヒーローをしている訳ではないため、それだけ働いても貰えるのは感謝状のみ。生活のための日雇いバイト中でも、呼ばれればすぐに出動しないと批判を受ける。名声を受ける代わりに信用はなくなり、どこも雇ってくれなくなった。誰も彼もが都合よく男を利用する。
男は気づいた。わかったぞ、これは呪いだったんだ。畜生、アイツ上手いことやりやがった。まんまと騙されたぜ。
その後、男は自分がされたように、手のひらを他人に向け、ヒーローの力を押し付けようと試みたが全て失敗に終わった。どうやら相手の同意を得ないとヒーローの能力は継承できないらしい。いっそのこと考えなしの子供か悪い大人にでもと考えたが、そんなやつらにこの力が渡ればろくな事にならないと思い留まる。
そんなわけで半ば諦めかけていたある日、男はいつかの公園のベンチで辛気臭い顔をした青年を見かけた。何か不幸があったようだ。
男は青年に声をかける。
「やあ、ずいぶんと落ち込んでいるようだがどうしたんだい?」
「先ほど、結婚まで考えた女性にふられてしまって。これからどう生きればいいのかわからないんだ」
「それはお気の毒に」
そう言いながら、男の手は自然に動き出していた。
「なぁ、君。良かったらヒーローになってみないかい? 空を飛ぶのも朝飯前だ。いい気分転換になると思うが」
「ヒーロー? ああ、なれるもんならそれも悪くないかもな」
それを聞くや否や男は手のひらを青年に向け、何やら唱えた。
見る見るうちに青年はヒーローの姿へと変わってゆく。青年は驚きと興奮が混じった声で言う。
「これはすごい。まさか本当に」
変身が解けた男は、にこやかに言う。
「礼には及ばない。それじゃ、元気でな」
ヒーロー 鶫 @Schokolade06
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