悪魔の発明
SHOKU=GUN
1話
【1】
夜明け前の研究所。若き研究者ハイボルト・ラプタイドは眠りについた街の光を窓から見下ろしていた。
今日もまた朝まで研究に没頭し、二時間ほど眠りまた研究に戻る。
彼の周りには使い古された機材と、無数の失敗の記録が散乱していた。
彼が取り組むのは、長年不可能とされてきた「精神波のエネルギー変換」だ。
それは人の思考や感情が発する微弱なエネルギーを実用レベルにまで増幅させること。
実現すれば地球環境を汚染する原子力や火力発電に依存しないクリーンな新時代の到来を意味するだろう。
しかし、誰もが彼の研究を「夢物語」と嘲笑し成果もなかなか出せなかったことから研究予算は打ち切られ、成果も出せずにパトロンは離れ共同研究者も去っていった。
「馬鹿げてるって?そんなことは承知だ…」
ハイボルトは自嘲気味に呟きつつも再び装置に向き合った。
彼は知っていた。精神波はただの脳活動の副産物ではないそれは人の「魂」の根源に近い…宇宙の真理そのものだと。
それを解き明かした時、人類は新たなステージに昇ることが出来るのだとハイボルトは信じていた。
『大丈夫。貴方ならできるわ』
恋人の笑顔が脳裏によみがえり、眠い目をこすって再び実験に戻る。
本日最後の実験。彼はヘッドギアを装着し、自らの精神を極限まで集中させ装置のコアに流し込んだ。激しい頭痛と吐き気に襲われ視界が歪む。
だが、そこで諦めるわけにはいかない。出力をさらに上げる。
「頼む…動いてくれ…!」
その叫びに応えるかのように、装置のメーターが震え…針が勢いよく振り切れた。
淡い青白い光がコアから放たれ、研究所のハイボルトの研究室全体を包み込む。
目の前にはかつて見たこともないほどの巨大なエネルギーの波形が示されていた。
それは諦めなかったハイボルトの努力が生んだ奇跡だった。
「成功だ…!」
ハイボルトは膝から崩れ落ちた。ついに精神波のエネルギー変換に成功したのだ。
それは、人類の歴史を塗り替える悪魔の発明の第一歩だった。
ハイボルトが発見した精神波エネルギーは確かに革命的だった。
しかし、その抽出プロセスは極めて非効率で実用化にはほど遠い。
現在のハイボルトの研究で再現できる一人の人間から得られるエネルギーは豆電球を数秒灯せる程度にすぎなかった。やはり、あの時起きた現象は奇跡だったのだ。
「夢物語だ」「詐欺師」「時間の無駄だ」
無理解からの世間からの罵声、学界からの嘲笑にハイボルトは落胆した。
研究は資金繰りが悪化し借金に追われる中、孤独と絶望が彼を蝕むまれ途方に暮れていた。
かつて思い描いた人類の未来はただの幻だったのか。
唯一、彼の研究を応援してくれた恋人エイル・マドラックの顔が思い浮かぶ。彼女の美しい笑顔に何度励まされ、挫けかけた心を立ち直らせた事だろうか…
そんなある日の事だ、彼の前に謎の男が現れた。
黒いスーツに身を包んだその男は、ハイボルトの現状をすべて把握しているようだった。
男は空腹だったハイボルトを食事に誘うと言い、最寄りの喫茶店に彼を誘った。
遠慮はしなくていいと言われたのでハイボルトはナポリタンにドリア、そして付け合わせのジャガイモと人参のついた焼きたてのハンバーグにかぶりつく。
数週間ぶりのまともな食事である。それほどまでに彼は困窮していたのだった。
男はハイボルトの食事が済むのを見計らって、テーブルに一枚の小切手を置いた。
そこに記された金額は、ハイボルトがこれまでにかけた借金の額を遥かに上回るものだった。
それどころか今後数年間の研究資金にも困らないほどで、下手をすればエイルとの結婚資金にも充てられそうなほど莫大な額であった。
「お望みの研究環境、最高の設備、そして無限の資金…すべてを我々が提供しましょう」
男は静かに語りかけた。その言葉はハイボルトが最も欲していたものだった。
しかし提案にハイボルトは一瞬躊躇する。これほどの援助…間違いなく何か裏があるに違いない。
だが、彼の探求心と研究を完成させたいという純粋な想いが、その疑念をかき消した。
「無論、今回提示した小切手は話を聞いてもらった事への謝礼金です
もちろんすべて貴方の懐に納めてもらっても結構です。それを手に誘いを辞退するのも自由だ
しかし、今後あのような建物で研究を続けても、多少高価な設備を揃えたとしてもいつまでたっても結果は出ない。無駄に時を浪費するだけです
人間に与えられた時間はみな平等…それ故に時は限られています。我々ならばすぐ貴方の望む最高の環境を用意することが出来ます」
「私も研究は続けたい。それに今後の未来もある、受けたいところですが…」
男はハイボルトの躊躇を見抜いているように言った。
「恋人のエイル・マドラック嬢も貴方の栄光を望んでいます。彼女の為にも受けるべきです」
「…私も今の環境では何十年かかっても結果は出ないと思っている。君の申し出は非常に魅力的だ」
それを聞いて男はニヤリと口元を歪めて、言った。
「ですが一つだけ条件があります。あなたの研究はある国の研究施設内で行っていただきます」
「ある国…」
「はい。そこではハイボルト様に必要なありとあらゆる設備、人員、予算を用意できます
もうこれまでの様に古びた建物で毎日の食事を心配しながら、細々と研究をする必要はないのです。
貴方の才能は我々が一番よく知っている。あれは世界を変えるポテンシャルを秘めています。その道を閉じるのはもったいないとヴォルグ様が仰っていました」
少し悩んだが、ハイボルトは申し出を了承した。
「…わかった」
ハイボルトは承諾した。この男はあまりにも怪しい身なりだったが人類の未来の為に自分の研究を止めるわけにはいかなかった。
それに研究が成功し、名声と金が手に入ればエイルを胸を張って迎えに行ける。
彼女に相応しい人間として振舞えるようになる…そう思ったからだ。
(待ってくれエイル。この研究を成功させたら僕は必ず君を…)
しかし、残念ながらハイボルトの切実な願いは叶う事は無かったのである。
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