竜のいる世界 短編:風のテナ
@Lun_
第1幕 村の日常
山々に囲まれたその村は、外の世界から遠く離れた、静かな集落だった。畑と牧草地、そして数十戸の家々が点在し、行き交うのは村人と家畜ばかり。外から人が訪れることはめったにない。
そんな村の丘の上で、テナはひとり空を見ていた。
季節は初夏。風にそよぐ草の匂いと、牛の鈴の音がのどかに響く。
「……あ!」
テナは目を細め、遠い道を指さした。
「ホックさんだ!」
畑で働いていた父や村人たちは顔を上げたが、彼らにはなにも見えない。
「見えんぞ、なんにも」
「テナ、また気の早いことを」
しかしテナの目は少しも揺れない。
「間違いないよ、だってこの村まで来る外の人なんてホックさんくらいでしょう?」
村人たちは顔を見合わせ、苦笑するしかなかった。
「そういやテナはホックさんが大好きだもんな!」
「正しくはホックさんが持ってくる町のお菓子が、な!」
テナをからかう村人たちを余所に、畑仕事の手を止めずに父は、額の汗を拭いながら言った。
「まあ、夕方になれば分かるだろう。本当にホックさんなら、夕方までには村に着くだろうさ」
テナの目は昔からちょっと特別だった。草地の向こう側で母親におんぶされた赤ん坊の顔色から発熱を見抜いたり、焚き火の灰の中から小さな釘を拾い出したり――。
だからこそ、誰も見えないものを「見える」と言うテナを、完全には否定できない。
その言葉に村人は再び笑い、また鍬を振るった。
テナは一人、確信に満ちた瞳で道の先を見つめ続けていた。
穏やかな日常の一幕。だがその裏で、都では「ドラゴンの住処跡」が見つかったと騒ぎになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます