恋と呼ぶには浅すぎる
暇人音H型
第1話
青空の下。
授業はサボるに限る。
成績に影響しない程度にだけど。
「ここは人が来ないからいいんだよなぁ」
俺はひとりで呟く。
屋上の給水塔の裏側。
照りつける太陽の光をいい感じに遮ってくれる。
北校舎と南校舎の二つのうち、南校舎は屋上への扉の鍵が壊れている。
多分そのことを知っているのは俺だけであろう。
そうして気分の乗らない時は教室を一人で抜け出している。
ガチャリと扉の開く音。
心臓が飛び出さんばかりに、飛び起きる。
今までこの場所には誰も来たことがない。少なくとも俺が知りうる範囲では。
給水塔の後ろから恐る恐る覗き込む。
後ろ姿かは確認できる限り、その人物は女子のようだ。
茶色の髪の毛は肩ぐらいまで伸びている。
それに季節外れのカーディガン。
時代外れのルーズソックス。
残念ながら交遊関係の広くない俺にはこの人物が誰なのかはわからない。
なんとなく見たことはあるような気もするが。
男子は男子。
女子は女子。
妹は妹。
馬鹿な俺にはこの分類しかできない。
というよりいちいち人の顔なんてみない。面倒だし。何より興味がない。
その女子生徒はフラフラと、おぼつかない足取りでゆっくりと屋上の端の方へ歩みを進める。
落下防止用のフェンスがあるとはいえ、鍵が壊れっぱなしの屋上である。
当然どこもかしこも寂れている。
錆び付いたフェンスも例外ではない。
それでも女子生徒はどんどんと屋上の端へ向かって行く。
向かう先は錆びたフェンスが待ち受ける。
まてまてまて。
少しばかり嫌な想像をしてしまう。
そんなことは滅多にないだろうが、あり得ない話でもない。
だがもし、飛び降りてしまったらどうする?
全くの無関係なのだが、残念ながら俺はここにいる。
この時点で関係者になってしまうのではないか?
どんどんと起こり得る最悪な妄想が膨れ上がる。
まだ何も起きていないというのに。
俺の思考はとまらない。
まとまらない思考のまま。
声をだしていた。
「だあぁぁぁっ!!!」
駄目だと言おうとしたのか。
もしくは待てぇ!と言おうとしたのか。
どちらにせよ人と話す機会のなかった俺の声帯は驚くほど退化していて、ただ意味のわからない叫び声をだしただけになった。
女子生徒はびくっと身体を震わせ、ゆっくりと俺の方へ視線を向けた。
その目には軽蔑と怯えがみてとれた。
「突然なに?気持ち悪」
当然の反応であり、俺も同じ気持ちだ。
「だよな。ごめん」
俺は軽く頭を下げてから、給水塔の裏側へと引っ込んで、地面へと再度腰かける。
仕切り直しだ。
ふー。
呼吸を整えよう。
なにもなかった。今のは何かの間違いだ。
いつも通りの屋上だ。
「ここは人が来ないからいいんだよなぁ」
「なにそれ。私への当て付け?」
当然のごとく、推定ではあるが飛び降りを邪魔された女子生徒は俺のところにやってきた。
「いや、そんなつもりは、ないが」
「めっちゃ目ぇ泳いでるけど」
ばか野郎、人と目を合わせて話せるか。
「で。さっきのは何。用があったんでしょ」
「ない。何もない」
「じゃあ何であんなキモい声だしたん?」
お前が飛び降りると思ったからだよ!と言えるわけがない。
俺の思い過ごしの可能性の方が高いし。
「趣味なんだ。給水塔の裏でここにきたやつに大声だすのが」
「キモ」
心が泣きそうだ。
悲しい沈黙が続く。
人のことを言えないが目の前の女子生徒も俺と同等に、口下手なような気がする。
「いつもここにいんの?」
「いや、たまにって感じ」
「というかアンタ、須磨でしょ。いっつも教室の隅で死にかけた顔してる陰キャ」
「あーっとよくご存じで」
「目立つからね。逆に。嫌でも目につく。目障り」
はいはい悪目立ちですね。勘弁してくれ。運動も勉強も平均な善良な生徒なんです。
コミュニケーション能力が低いだけなんです。
そういうこの女子はクラスメイトの東城摩耶だ。
人の名前を覚えない俺でも知っている。
教室内でもカースト上位グループと一緒にいることが多いイメージだ。
あくまでイメージ。
ただあまり誰かと話してるとこはみたことないが。
そこにいるだけ。
そういう意味では俺と同類。
などというと失礼か。
東城摩耶は俺のことをジロジロと眺めた後に
「またくるから。今度はここにいないでね」
等と言う。理不尽にもほどがある。
「てかまた来るのかよ......」
「文句ある?私がどこにいこうが勝手でしょ?」
「はいはい、おっしゃるとおりで」
だけれど東城は一向にここから去っていかない。
それどころかまるで俺は居ないかの様に隣に腰かけてくる。近い。
ちらりと様子を伺う。まつ毛長いな。
手の甲や、顔に少しばかりの擦り傷やアザがある。
ヤンチャな奴なんだろうか。
「なぁ」
「ん?」
「明日くるんじゃないのか?なんで今いるんだよ」
「明日も来るの。今日はもう来たから、今はいる。邪魔なのはあんた」
「んな理不尽な」
「私が何しようが、どうでもいいでしょ。むしろ邪魔はあんただし。早くどっか行けば」
後から来たくせにこの言い草である。
理不尽極まれり。
気まずい。
なんか話せよ、俺。
もしくは東城。
「あーごほん」
俺はわざとらしく咳き込む。
「校舎の上から飛び降りて、確実に即死は難しいと思う」
「......」
東城摩耶はこちらに見向きもせずに一人黙り込んでいた。
「どうせならもっと高い方がいい。それか確実に逝ける場所か」
下手に生き残るよりはずっといい。
その終わりが幸か不幸かはおいておいて。助言でも同情でもないけれど。
「なんの話」
「足取りを見る限り、そのまま地面にダイブするつもりなのかと思ってさ」
一応そういうことなのか聞いておこう。明日も同じようにフェンスに向かっていかれると俺が困るから。
「はっ」
東城は実に下らないと言いたげに、鼻で笑った。
「するわけないでじゃん。そんなこと」
「あーはいはい。別に俺の目の前じゃなきゃなんでもいいよ」
「てかなに?私が飛び降りるとでも思ったわけ?」
バカなんじゃないかと言わんばかりの語気である。
こちらの顔をちらりと見てくる。
隣に座っているということもあり、妙に近い。
「さぁどうだか」
俺は目をそらして、どうしようもない返事をするだけだった。
「あっそ」
東城摩耶のその声色だけは、何故だか穏やかだった。
その日、俺は結局午後の授業は全部サボった。東城も同様に屋上から動くこともなくサボっていた。
さぼたーじゅ。
携帯電話の画面を眺めたり、雲を眺めたり。
その間に特にお互いに会話することもなかった。
正直なところ少し気まずかった。
さらに本音をいうと大変きまずかった。
「なんでいるんだよ」
「明日も来るっていったし。別にあんたには関係ないでしょ」
次の日、俺は午後から屋上へと足を運んだが既に東城摩耶はそこにいた。
恋と呼ぶには浅すぎる 暇人音H型 @nukotarosu
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