第4話-戦闘-

転移ポータルの光を抜けた瞬間、肺に焼けつくような熱気が飛び込んできた。

 空はまだ昼のはずなのに、王都外縁の空気は黒煙に覆われ、陽光が赤く濁っている。遠くで鐘が鳴り響き、人々の悲鳴と兵士の怒号が交じり合っていた。


「……うわ、マジで戦場じゃねえか」

 トーマが目を剥き、慌てて工具袋を背負い直す。

「そりゃそうだ。儀式痕が見つかったんだ。遊びじゃ済まない」

 俺は剣帯に手をやり、柄の感触を確かめる。

 隣ではミリアが静かに息を整えていた。白外套の裾は煤に汚れたが、その瞳は曇らない。

「人々を避難させているけれど……間に合っていない。儀式はまだ途中のはず。止められる可能性はある」

「なら、俺たちが止める」俺は即答した。

 胸のペンダントが、また熱を帯びる。鼓動と同じリズムで震え、まるで俺の決意に呼応しているようだった。



◆荒れ果てた街路


 王都の外縁は石造りの街並みが続いていたはずだ。だが今は、瓦礫が散乱し、崩れた建物の隙間から炎が吹き上がっている。

 避難する市民の列が、俺たちの脇を必死に駆け抜けていく。泣き叫ぶ子どもを抱く母親。負傷した兵士に肩を貸す仲間。

 俺は剣を抜き、通りに立ち尽くす黒い影に目を凝らした。


「……来たぞ」

 黒いローブをまとった信徒たち。顔は仮面で隠され、胸には七芒星と荊冠の紋章。

 その姿は、学園で噂に聞いた《大罪教》そのものだった。


「ひゃー……なんか思ったより本格的だな」トーマが後ずさる。

「怖いの?」ミリアが冷たく問いかける。

「いや、普通ビビるだろ! でもまあ……セインが突っ込むなら、俺も行くけどさ!」

「お前はいつも口だけは軽い」俺は息を吐き、剣を構えた。



◆初めての交戦


「――光を汚せ。聖なるものを、堕とせ」

 信徒たちが、低い声で詠唱を始める。

 瞬間、地面の石畳に赤黒い魔法陣が浮かび上がり、炎の腕のようなものが伸びた。


「来るぞ!」

 俺は身を翻し、剣で火の腕を叩き落とす。熱風が頬を焼いた。

 ミリアが短剣を抜き、流れるように信徒へ斬り込む。彼女の動きはしなやかで正確、まるで舞踏のようだった。

「セイン、左!」

 叫び声に振り向きざま、木剣を模したトーマの工具袋が敵の頭を直撃した。

「よっしゃ! 俺だってやればできるんだぞ!」

「いや、それただの工具袋だろ!」

「中身が鉄だから効くんだよ!」


 一瞬のやりとりに、胸の奥の恐怖が和らいだ。だが敵は次々に現れる。数で押し潰されればひとたまりもない。


「くそ、きりがないな!」

 俺が呻いたとき、胸のペンダントが強烈に脈打った。

 視界が白く染まり、一瞬だけ夢の旋律がはっきりと聞こえる。

『調律者よ。旋律を正せ』


 刹那、俺の剣が白光を帯びた。

「……なに、これ」ミリアが呟く。

「わからない。でも、これなら!」

 振り下ろした剣が、赤黒い魔法陣を真っ二つに断ち割る。光が爆ぜ、信徒たちが悲鳴をあげて崩れ落ちた。


静寂。

残ったのは瓦礫の街路と、荒い息だけだった。



◆儀式の気配


「セイン……今の光、あなたの力?」

 ミリアが、じっと俺を見ている。

「わからない。ただ、剣が勝手に……」

 俺は息を整え、胸のペンダントを握りしめた。石はまだ微かに震えている。

「やっぱり、偶然じゃない。あなたは呼ばれてる」


 その時だった。地面の下から、重々しい振動が伝わってきた。

 ゴウン……ゴウン……。まるで巨大な心臓が鼓動しているような低音。


「……やばいな」トーマが呟く。

「儀式は、まだ続いている」ミリアの瞳が鋭く光る。

「この奥だ。行こう」

 俺は剣を構え直し、二人に頷いた。


 炎と煙に包まれた街路を抜け、その先に広がる広場。

 そこには、まだ見ぬ“本当の敵”が待っている気がしてならなかった。

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