怨霊変生 天目一己(てんもくいっこ)

@goto0909

第1話 変生


私、​山田一己(やまだ かずお)はかつて世界を股に掛けて働くサラリーマンだった。

事故の様なものに巻き込まれて死んだのを覚えている、肉と筋肉が引き伸ばされ千切れる痛みと苦痛、絶望感が渦巻いていたのを、そして誰かの視線も。


次に目を覚ました時、感じたのは膨大な量の誰かの絶望、恨みの思念、負の側面に偏った魂たちだった。


見ていられなかった。

ほっとける筈がなかった。。

これだけの想いや縁、叫んでいる魂が真っさらになって忘れろなんて、

だから呼んだ。


一緒にいよう。


忘れられない。


だって何も出来なかったのだから。


僕たちは、そんな風に呼びかけて集まってを続けてどのくらいになったろうか。


真暗な塊に過ぎなかった僕たちは、何時しか形を定めていた。

身の丈2メートルは優に超える巨躯、全身が墨の様に暗い武者甲冑に包まれ、鬼面や般若、龍を彷彿させるのような歪な面に包まれている。


僕たちは、いつの間にか妖怪や怪異、怨霊と呼ばれる存在になっていたのか、ルールに縛られるようになっていた。


恨みを晴らす代行屋の様な存在。

材質は問わず、刃物として機能し得る刃渡り10センチ以上の物が手元に有り、壮絶な恨みの対象が明確な場合のみ僕らは世界に出現する。


憎悪の念が復讐を誓った者に纏わり付き甲冑を形成する。

刃物は核となり、大太刀に変化する。


周囲の人間は、地面から黒い墨の様な霧が噴き出しその中から武者が現れるように見えただろう。


​復讐者は僕らに包まれ殺戮の化身となる力を手に入れる。

恨みを清算した復讐者は、その大太刀で自らの命を絶つことになり、僕らに取り込まれ、僕らになる。


そして、怨霊(僕ら)は次の場所へと消える。


​僕らは、無数の魂で出来ている。

その中で、唯一自意識を保っているのが、僕、山田一己である。

僕は身体をある程度操れ、言葉を話すこともできる、けど僕は基本的に復讐者に任せている。


​僕らの出現は、初出現から10年以上経ったいまでにわずか67回。


その回数の少なさが物語るように、僕らを呼び出すには並大抵の恨みでは呼べない。

根深く、絶望的で不愉快に思われる程の憎悪でなければならない。


​僕らは映像にも姿が記録される。

そのため、この10年間で各国政府は僕らに関する対策プロトコルを策定していた。


銃や爆発物、毒物には効果が薄く、刃物による斬撃に対してのみ若干の脆弱性を見せる。

甲冑は非常に高硬度で、破壊は困難だった。 

​さらに、様々な映像に刃物を核に出現することが知れ渡った為、権力者や恨まれる可能性のある者、過去に因縁のある者は周辺に刃物を置かないように徹底する様になった。



​某国首都。厳重な警備に守られた邸宅の庭で、一人の女性がうずくまっていた。


ある有力議員の秘書をしていたが、彼の裏切りによって、愛する家族を失い、重い障害を負った。

彼女の握りしめた手には、ガラス片があった。


​「…あの男を…アイツを……絶対に許さない……」


​渦巻く憎悪が、ガラス片を核として具現化する。突如として彼女を黒い霧が包み漆黒の甲冑が出現する。

周囲の人間は、それが一人の人間を包んでいるなどとは思いもしない。ただ、巨大な武者が突如として現れたと認識する。


​甲冑を纏った彼女は、怨霊となった。

彼女の意識は、無数の怨霊の感情に包まれる。

そして、怨霊の中にいる僕の意識が、彼女に語りかける。


​「……絶望、憎しみ…僕には分かる。…進めば引き返せないよ…」


​その声にわずかに戸惑う。しかし、彼女の絶望は根深かった。


​「いい! アイツが私の全てを奪った!今度は、私があの男の全てを奪ってやる!」


​僕は、彼女の意思に任せて、大太刀を構えた。


既に警備員が駆けつけ、僕たちに銃を向ける。

だが、怨霊の動きは、人のそれを遥かに超えていた。一瞬にして警備員は肉塊と化す。


​怨霊となった彼女は、執務室へと足を踏み入れた。

そこにいたのは、憎しみの対象である、議員とその家族がいた。


​「……な…なんで!こんな場所に?!……」


​議員は恐怖に顔を歪ませる。

彼も厳重な対策を講じていたはずだった、だが彼女がガラス片という、金属探知に引っかからない物を体内に埋め込み、警戒網をすり抜けていた。


​「なぜって……オマエがが私のカ族を、人生を、全てを奪ったからダ!」


​怨霊は、大太刀を振り上げ、議員に迫る。

恐怖に顔を歪ませて命乞いをするが、その声は届かない。

彼女の憎しみは、もはや理性で止められるものではなかった。そして、議員とその家族は無残な肉塊となり、彼女の憎悪は清算された。


彼女の意識に僕の声が響く。


​「……もう、終わったんだ……」


​彼女は、怨霊の力から解放されたような感覚を覚える。

しかし、彼女の首に怨霊となった時に使った大太刀が添えられる。


それは、清算された魂が、自ら命を絶つための刃だ。

​「……さようなら……」


​彼女は、大太刀により、首を切り落とした。

血飛沫が舞い、彼女の魂は黒い墨となって僕の甲冑に吸い込まれていく。


僕らは、静かに消滅した。






​インドのある貧困地域。薄暗いスラム街で、一人の少年が震えていた。彼の家族は、悪徳な高利貸しによって姉と住居を奪われ、路上生活を強いられていた。

少年の手には、父親から譲り受けたナイフがあった。

​「……あいつを……アイツらを、絶対許さない!……」


​少年の憎しみが、ナイフを核として僕らを呼び出す。

墨の甲冑を纏った少年は、高利貸しの事務所へと向かう。その様子は、複数のカメラに捉えられていた。



​少年の魂が、僕らに吸い込まれていく。

その時、僕は語りかける。 


​「……キミの憎悪は、確かに僕らの力になった。だが、キミの魂は、僕ら中で、安らかに眠れるだろうか……」

僕らは、今日もまた、誰かの憎しみを代行し、世界のどこかに出現する。彼の存在は、恐怖であり、救済であり、そして、哀しい呪いである。


いつからか彼らの名は定まった。


天目一己と

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