第2話 仲間の色は何色か?

「特殊ダークマター観測庁――通称『特ダ観測庁』」

その研究内容は公表されているが、扱うテーマの魅力に惹かれた人々の間では、都市伝説や噂話が絶えなかった。


この時代、最先端科学の対象は「第六感」だった。霊感や予知、意識の揺らぎ――あらゆる不思議な現象が、科学的に解明されつつある世界。


レイはメインエントランスを大股で歩く。受付や、ついてくる記者の視線と目が合わないように。手が少し震えた。

何も飲み込んでいないのに、喉が詰まったような感覚。


――こんなの、へっちゃら。私は強い。


そう自分に言い聞かせた。世界でもトップクラスと言われる巨大研究所。アメリカ軍との共同プロジェクト。しかも教授の推薦で、異例の新卒入社だ。


深呼吸をしても落ち着かないうちに、ブザー音が鳴った。瞬間網膜スキャンにひっかかったのだ。レイはハッとしたが、無意識に社員証を自動ドアにかざす。

しかし、網膜はまだ登録されていないらしく、ドアは開かない。背後の記者たちの視線が、額の汗をじんわりと熱くした。


――最初からかっこ悪……。弱みは見せられないのに、記者の前では完璧に見えなきゃ。


レイは色盲だった。ほとんど白黒で、わずかに茶色しか見えない。

「周りが見ている世界を、私は見ていない」

それでも、周囲の期待に応え、出来そこないの自分を隠す日々。息が詰まり、唇が震えそうになる。


――そのとき、受付から甲高い声。


「レイちゃん!」


振り向くと、ピンクの髪の小柄な女の子が、記者たちの間を押しのけて駆け寄ってきた。

「やっぱり!レイちゃん、実物かっこいいー!新卒採用なんてすごすぎ!私、ファンになっちゃった!」


涼しい笑顔で手を差し出す。レイは驚きながらも答えた。

「ありがとうございます。本日入社のレイです。よろしくお願いします。」


「敬語なんてやめて!私も今日から新卒よ!……と言っても、パパのコネで受付に立つだけだけどね!ホタルって呼んでね!」


その時、記者のフラッシュがピカッと光る。レイは心の中で、ほっと息をついた。

異例の新卒入社というプレッシャーに押しつぶされそうだったけど、ホタルの飾らない言葉が、不思議と落ち着きをくれた。


「わかった、私だけじゃなかったんだ。心強いよ、ホタルちゃん。」


ホタルは頬をピンクに染めて、うなずく。

「記者の皆さん、迷惑になりますので、エントランスからは入らないでくださいね。私たちは網膜登録がまだですので、受付から入ります」


レイは自分を取り戻すように、堂々と記者の間をすり抜け、受付へ向かう。ホタルに手招きした。

「一緒に来て」


受付裏の客間には、火タバコを吸う無精髭の中年男性が一人。

「そこ座って。ごめん、寝坊しちゃって」


レイは心の中で、こんなだらしない人が上司じゃないことを願いつつ、手前のソファに腰を下ろした。

「こんにちは、エイトです。レイは直属の部下だからよろしくね」


その瞬間、ホタルが叫ぶ。

「エイトさん!部屋、臭すぎ!レイが気持ち悪くなるでしょ!窓、開けさせてもらいます!」


レイは心の中で笑った。タバコの匂いが苦手で正直助かったのだ。


「あらら、ごめんごめん。レイちゃん大丈夫?」

「レイ、タバコの匂い苦手なんです!」


ホタルは寺生まれで、霊感や人の気持ちが分かるらしい。レイは内心ドキッとした。

――全部見抜かれてる……?いや、エイトにはバレてないはず。今日だけは乗り越えよう。


エイトは笑いながら言った。

「あはは!別に気持ち悪くないよ。俺たちの研究対象はホタルちゃんみたいな能力だからね」


ホタルは少し安心した様子で、窓を開ける。

「ま、今日はこのくらいにして、明日の夜、懇親会しよう。経費が余ってるんだ、この組織はさ」


その夜、レイが家に帰ると、博士が植物状態になったという連絡が届く。現実味のないニュースに、胸がざわついた。病院の白い廊下を歩くころ、夕日が低く差し込み、消毒液の匂いがツンと鼻を突いた。

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