セブンサイエンス
しにょ
第1話 意識の死は何色か?
「レイ、おはようございます。今日の血圧、体温、共に正常値です。」
ゆっくり目をあけると、やはり色味のないいつもと同じベッドルームに日光が差し込んでいた。
いつも通りの色彩にがっかりしながらも、ゆっくり伸びをして、家庭用サポートAIのリリーに返事をした。
「おはよ。今日わたしうまくやれるかなあ?」
リリーは私の電話デバイスから元気よく答える。
「はい!もちろんです!レイは最強です!今日は念願の初出勤日なんですから、シャワー時間を2分短縮して軽食をゆっくりとりましょう!すでに、ベッドから出るまでの時間が平均より54秒長いです!55秒、56秒、57秒……」
いつからか、リリーは私の目覚めが悪いときは、このようにカウントを始めるようになった。この方法が一番私を起こすのに有効だと学習してしまったのだ。
「わかったよ。おきたおきた。シャワー急ぐよ、ママ。」
「ママじゃないです!リリーです!ではシャワー中に今朝のニュースを流すので、デバイスを浴室に……あれ、置いていかないでください!もう!」
AIとの掛け合いで楽しんでいる自分に、少しむなしくもあるが、シャワールームへ向かった。
シャワールームには浴槽はない。この時代では、大体の物件に浴槽はなく、代わりにガラス貼りの窓からの景色を眺められる作りになっている。
新宿の景色は、空中小型バスと統一されたシンプルなビルが並んでいた。
空中小型バスとは、透明な筒状の空中道路を走る二人乗りの乗り物だ。
「音楽流して。最新のクラシック」
巨大な街を見下ろしながら声に出した。
鼻歌交じりに、今日の夢を思い出す。白黒の美術館。教授が昔連れて行ってくれたアート展。あふれる色彩に感動する教授の目が忘れられない。
私もその目で世界を見れたら……。
博士の話す言葉の何にだけ、色を感じられた。私には、博士が綺麗という物を綺麗と感じ、博士が嫌うものを嫌った。
でも、本当の見たいものは見られない。夢の中でも、外でも、絶対に一生。
ハッとして、我に帰った。
「急がないと。」
やっぱり一人でいると変なことを考えてしまう。家庭用サポートAIは、常にあらゆるデバイスから話しかけることができるため、レイは一人でいることが苦手だった。
AIのサポートなしに生活している人は東京では少数だが、私は自分がAIを人格のように感じ、また依存していることを自覚していた。
「リリーがうるさいくらいがちょうどいいや。」
孤独と目が合わないように生きるのが、私の生き方だった。
「レイ!シャワーが平均より132秒遅かったですよ!次はサプリとヘアセットです!」
「わかったよん」
ご機嫌といった態度で数種類のサプリを栄養ドリンクで流し込み、スキンケアを始めた。
「そんなのんびりして……。いつもそんな入念にスキンケアしてないじゃないですか!」
「あのねー、今日は大切な初出勤なんだから、朝ご飯よりお肌なの〜。パパラッチがくるんだから!香水はなににしようかな〜」
「え!たしかに新卒からの入社は異例と聞いてますが、パパラッチまでくるんですか?それでは服はどうしましょう!記念すべき初パパラッチ、絶対かわいくとってほしいです!レイは最強ですから!」
メイクをしながら鏡の自分を見つめた。
そう、私は最強。トップの成績で大学を卒業して、最高の就職先がきまった。みんなに期待されてる。大丈夫。弱みは隠し通して見せる。
この時代は、社会人も私服が普通になっていたが、初日ということもあり、ワンピースを選んだ。
車のキーをとり、家を出た。玄関前にちょうど到着した車に乗り込み、自動運転に切り替える。
これから向かう就職先は、日本とアメリカが共同で立ち上げた国内最大規模の研究組織。
「特殊ダークマター観測庁」通称、「特ダ観測庁」。
車は研究所本部のメインエントランスの真ん前に停めた。
やはり、異例の新卒入社の噂を聞いた記者が数人、カメラを構えていた。
車から降りた私は、サングラスを外してカメラにニコリと愛想を振りまきながら、車のキーを操作して自動運転で車庫へ向かわせた。
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