第2話 『自動化』
「……やった、のか?」
俺は、目の前で伸びているゴブリンと、自分の足元でちょこんと待機している泥団子――いや、俺のゴーレムを交互に見つめた。
(ただの泥団子だぞ? それが、ゴブリンを一撃……。俺の前世の知識、この世界じゃとんでもないチートスキルになるんじゃないか?)
興奮で心臓が早鐘を打つ。
ブラック企業で死んだように働いていた日々。貴族の家に生まれるも、落ちこぼれとして蔑まれてきた日々。そんな過去の全てが、どうでもよくなるほどの全能感が、体の内側から湧き上がってくる。
「ふ、ふふ……ははははは!」
森の中に、俺の乾いた笑い声が響いた。
勘当? 追放? 上等じゃないか。
もう誰にも縛られない。俺は、俺の知識で、俺だけの力で、自由に生きていけるんだ。
「よし! まずは、今夜の寝床を確保しないとな」
気分は最高潮だったが、現実問題として夜の森は危険すぎる。さっきのゴブリンが仲間を呼んでこないとも限らない。
「なあ、お前。名前をつけてやるよ。お前は『一号』だ」
俺は足元のゴーレムに話しかけた。泥団子にはもちろん表情なんてない。だが、俺がそう呼びかけると、ぴょこんと少しだけ動いた気がした。
「よし、一号。お前の初任務だ。この近くに安全な洞窟か、雨風をしのげる場所がないか探してきてくれ」
(命令は……索敵。索敵プログラムを組む。索敵範囲は半径200メートル。発見対象は『洞窟』または『岩陰』。発見次第、俺の位置まで戻り、案内する……)
頭の中で、先ほどよりも少しだけ複雑なコードを組む。
function findShelter(range, targetType) { ... }
(――実行!)
俺の命令を受け、一号は再び弾丸のようなスピードで森の闇へと消えていった。
「……すごいな、これ」
まるで、自分で作ったドローンを飛ばしているような感覚だ。一号が見ている光景が、ぼんやりとだか俺の頭の中にも流れ込んでくる。これもスキルの効果だろうか。
(前世じゃ、こんな風に自分の作ったプログラムが物理的に動くなんて、考えられなかったからな……。なんだか、めちゃくちゃ楽しいぞ)
興奮と感動に打ち震えていると、10分も経たないうちに、一号が猛スピードで戻ってきた。そして、俺の足元でぴょんぴょんと跳ね、特定の方向を指し示すように転がっていく。
「見つけてくれたのか! さすがだな、一号!」
俺は一号の後を追いかけた。
しばらく進むと、大きな岩壁に隠れるようにして、人が一人なんとか入れるくらいの小さな洞窟の入り口があった。
「おお! 完璧じゃないか!」
中を覗くと、奥行きは5メートルほど。少し湿ってはいるが、獣の気配はない。今夜の寝床としては十分すぎる場所だ。
「よし、一号、よくやった。だが、もう少し仕事を手伝ってもらうぞ」
俺は再び地面の泥と石を集め、今度は一号よりも一回り大きなゴーレムを二体作り出した。
「お前たちは『二号』と『三号』だ。命令は、この洞窟の入り口を、俺が通れるギリギリの隙間だけ残して、岩で塞いでくれ」
(命令、防壁作成。使用素材は『周囲の岩』。指定された座標に、指定された高さまで積み上げる……単純なループ処理だな)
for (let i = 0; i < wallHeight; i++) { ... }
(実行!)
命令を受けた二号と三号は、すぐさま近くにあった手頃な岩を器用に持ち上げ、まるで熟練の職人のように、寸分の狂いもなく洞窟の入り口に積み上げていく。
ガコン、ガコン、と規則正しい音が響く。
ものの数分で、洞窟の前には屈強な岩の壁が出来上がっていた。
「……すげぇ」
あまりの効率の良さに、俺は感嘆の声を漏らした。
もしこれを自分一人でやっていたら、一晩かかっても終わらなかっただろう。これが、俺のスキルの力。【自動化】の力だ。
「ありがとうな、お前たち」
俺はゴーレムたちの頭(らしき部分)を撫でてやった。
狭い隙間から洞窟の中に入り、革袋から硬いパンを取り出してかじる。決して美味いものではない。だが、前世で食べたどんな豪華な食事よりも、今の俺には美味しく感じられた。
「明日からは、本格的に拠点作りだな……」
ゴーレムたちに入り口を固く守らせ、俺は壁に寄りかかって目を閉じた。
追放されたばかりだというのに、不思議と不安はなかった。
むしろ、希望に満ち溢れている。
無能と蔑まれたゴーレムマスターの力。
いや、プログラミングという知識と融合した、俺だけの【自動化】スキル。
この力があれば、俺は理想の生活――誰にも邪魔されず、のんびりと快適に暮らす、最高のセカンドライフを、必ず手に入れられる。
そんな確信を胸に、俺の意識は深い眠りへと落ちていった。
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