選手交代

 夢も見ず、深い深い眠りから目覚めた私は、クリアになった意識に安心しながら状況を確認する。


「よかった~! なっちゃん起きたよせんせー!」


 私の寝ていたベッドに思いっきり胡坐をかいて座っている佳。


 やはりと言うべきか、顔は可愛くて、クラスの中心にというか、割となにやっても許されそうな人だ。私に話しかけてくるぐらいだからそうだろうと思っていたから驚きではない。髪は最初の認識通り金色で、髪の長さは肩程までの私より少し長くて肩甲骨にかかるぐらい。先の方がクルッと巻いている。うーん、派手だ。


 やっぱりギャル(見た目)でありギャル(コミュ力が高い)だ。


 そんな佳の声に、間延びした声を返してやって来たのは、養護教諭だ。


「おおぉ、顔色が良くなったねぇ」

「……ありがとうございます」


 なんかふわふわっと、ぽわぽわっと、ゆるーい雰囲気の先生だ。茶色の長い髪が緩くウェーブしているせいでさらにその雰囲気に拍車がかかっている。そして見た目はかなり若い。多分二十代前半、新任ぐらいだろうか。


 そんな先生の言葉にとりあえず言葉を返して、どうしようと佳を見る。


「おー、どした?」

「いや、佳もありがと。滅茶苦茶楽になった」

「どーいたしまして」


 うぇへへと佳が笑い、先生を見る。


「みかんちゃん、なっちゃんもう大丈夫だってー」

「それならよかったぁ」


 みかんちゃん……? あっ、先生の名前か。


「――あっ、そういえばぁ、自己紹介まだだったねぇ。不知火海幻しらぬいみかんです。よろしくねぇ、なっちゃん」


 顔に出ていたのだろうか、不知火先生は自己紹介をしてくれた。


 それにしても不知火……実在していたとは。


「字がすっごいんだよ! なんかね、海に幻で海幻なんだってー! うちは果物の蜜柑だって思ったんだけどね」


 えぇ……。


「八代海じゃん……」

「おぉ、流石なっちゃん、物知りだなぁ」

「えー? なになに? なっちゃんどういうこと?」


 不知火先生の言葉に若干引っ掛かりながらも、私は詰め寄ってくる佳を押し返しながら答える。……佳もいい匂いするなぁ。


「不知火って蜃気楼の一種で、その不知火を唯一見られるのが、熊本県にある八代海って海なの」

「しんきろー……?」

「大気中で光が――幻みたいな感じ」


 辞書的に答えても多分佳は理解できない。だから大体で説明したら手を叩いた。


「なるほど! 理解理解!」

「ちなみにぃ、八代海は不知火海とも呼ばれているんだぁ」

「ぅえ⁉ やつしろ海はしらぬい海……?」

「あの、先生? 今度はこの人がベッド必要になるかもしれませんよ?」

「空いてるから大丈夫だよぉ」

「そういう問題⁉」


 この先生、なんか掴みどころが無い。不知火じゃん。


 このままじゃ、今度は佳がベッドを使用する番になる。もう放課後だし、長居し過ぎると最終下校時刻を過ぎそうだ。


 だけど、今日知り合ったばっかりの佳をどうすればいいのか。


 でも悩むだけで私はなにもできず、結局佳はベッドのお世話になってしまった。

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