第30話

日曜日の朝。


凛は目覚ましを止めながら、時間を確認し、はぁ・・・と溜息を吐いた。


色んな事があまりに駆け足で進んでいき、一人になるとついつい色々と考えてしまう。


奏と出会って、今日で三日目だ。そう、たったの三日。されど三日。

一日一日がとても長く感じ、もう一月も二月も経ったかのような感覚。

そしてそれに比例するかのように、奏との付き合いも昔からの様な錯覚を覚えるほど、濃い日々だった。

だからこそ傍にいたいと、一緒にいる事が当たり前だと感じて、気持ちを抑えるのに苦労する。


恋などするつもりもなく、したいとも思わなかったこれまで。いや、誰かに恋するなどあり得ないと、ずっと思っていた。

それが、たった一日、二日で覆り、奏が恋しくてたまらない。

時間が経てば、少しはこの気持ちも落ち着くのだろうか・・・と、自分自身で持て余し気味の感情に溜息しか出てこない。


まさかこんな風に自分がなるとは・・・・明日から一緒に家を出るけど・・・離れている間が、とても不安だ・・・


気付けば互いに離れている間の事を色々と考えてしまい、不安で仕方がなくなる。

まだ何も起きていないのに何を・・・という自分と、起きてからじゃ遅いんだよ!・・・という自分がせめぎあっているのだ。まるで漫画にあるような、心の中の天使と悪魔が。

いっその事、誰の目にも届かない安全な場所に閉じ込めてしまえたらと、危ない考えも浮かんでくる始末。


まずいな・・・・俺ってこんな性格だったのか?


と考え、ふっとクラスメイトの自称「モテる男」の言葉を思い出した。

『凛てさぁ、異性というより他人には全く興味なさそうだけど、一度好きになっちまったらどこまでも過保護で溺愛しそうだよな!』

その時は「また馬鹿な事言いやがって」と思っていたが、あながち間違っていない事に少なからずショックを受ける。


まぁ・・・・溺愛なのかはわからないが、相手が奏なら当然だよな。


ようやくベッドから体を起こし、カーテンを開けて空を見上げる。

今日はお借りする家を見せてもらうことになっていたな・・・と、今日の予定を思い浮かべた瞬間、改めて遠野家の人達と出会えた事への幸運と感謝の気持ちが溢れ、自然と胸元に手を当て目を閉じた。

そして瞼の裏に浮かぶのは、やはり奏の笑顔だった。






凛が目覚める一時間ほど早く奏は目覚め、お隣でもある母親の実家の神社に来ていた。

樹齢千年にもなるご神木に「会いに行く」為に。


どこか厳かで神秘的な空気漂う境内。まだ訪れる人が居ない所為か、この場だけ切り取られたかのような、静謐でどこか不思議な空間の様に感じる。

奏はご神木の前に立つと、まるで龍の鱗の様な樹皮に触れ目を閉じた。


千年も生きるこの大木は、龍の鱗の様な樹皮に別名「龍神木」と世間では言われているが、実はこの木には女性の、しかも大層高位な精霊が宿っている。

樹木も長く生きれば魂が宿り、神聖な存在へと生まれ変わる。

彼女・・の話では、物心ついた頃には此処にいたのだとか。


今現在、唯一この木の精霊と話す事ができるのは奏だけだ。

それに気づいたのは、人の寿命が見えるようになる直前。これまでも、母の実家でもある神社の敷地内で遊んだりしていたのだが、ご神木にはさほど興味は示すことは無かった。

ただ、両親や依子の血筋を引いているだけはあり、不思議な力のある木だな・・・くらいは思っていた。

そんなある日、奏は不意に呼び止められた。ご神木の枝に座る女性に。


彼女・・は自分の事を「桜襲の姫」と呼べと言った。

子供の頃はただ綺麗な着物を着ている綺麗なお姉さんとしか思わなかったが、神社の祖父母にその話をしたところ、それは十二単という着物で、彼女はご神木の精霊なのだと教えてくれた。

精霊が見えるのは奏だけだが、この神社の初代宮司も精霊と交流できていたようなのだ。

初代は女性で精霊と出会った事がきっかけで、この地に神社を建てたのだという。

それは八百年前の話で、当時の手記が残っており、事細かに彼女との会話や出来事を記していた。

そして、奏と初代以外は精霊を見たり会話できる人間は一人もおらず、依子ですらその気配を感じるだけだった。


当時の奏と彼女・・との会話も貴重で、事細かに記録されている。

そして初代も奏と同じ、寿命を操る力を持っていた事もわかったのだ。

その事から、奏の力のコントロールの仕方を彼女から教わっており、その所為か二人はまるで姉妹の様に仲がよかった。

二人は、なるべく人がいない早朝か夜に会うようになり、日々の出来事や悩み事の相談、愚痴など色々、女友達とのたわいない会話の様におしゃべりを楽しんだ。


そして今日も、金曜から土曜に起きた濃い出来事を、懇々とご神木に向かって報告していた。


――なんと、難儀であったな。それにしても・・・・依子が力を削いだとはいえ、禍々しい気だこと・・・


そんな声と共にふわりと舞い降りたのは、桜色の・・・・・フリル満載のロリータファッションで決めた、奏とはあまり年の変わらない容姿の美しい「桜襲の姫」だった。

歴史書などで出てくる平安時代の頃の女性はおかめ顔だが、実際はそんなことは無いようだ。

事実ご神木の精霊は、目元は二重でくりくりしており、頬から顎のラインにかけてシュッとしている。

現代人と変わらないが、素性が素性なだけに神秘的な美人だ。


「姫ちゃん、間違っても祓わないでよ。凛は私の大事な人なんだから」

ちょっと勘の鋭い人間ならばビビってしまう位の霊力を垂れ流すその存在に、にらみを利かせる奏。


「桜襲の姫」と幼い頃の奏は言えなかった。略して「姫ちゃん」と呼んでいたのだが、その呼び名が定着して今に至る。

例え彼女が見えなくても、周りの人達は「姫さま」と敬意と親しみを込めて呼んでおり、本人もことのほか喜んでいたりする。


そして時代の流れとは恐ろしいもので、中学生時代にたまたま見せたファッション雑誌。

大いに感化された「桜襲の姫」は十二単を脱ぎ捨て、身軽な現代ファッショを好むようになった。そして言葉遣いが多少は仰々しい所もあるが、中身も外身も現代人になり果てていた。


見た目だけで言えば、高位精霊どこへ行った・・・である。


だが、奏が釘を刺してしまうほどに彼女の力は余りにも強く、凛に憑いた悪魔を祓うとなれば魂と癒着している凛の存在すら消されてしまう。

高位精霊の彼女ですら、凛とアスモデウスを完全には分離できなかった。


――あまりにも時間が経ちすぎておるからのぉ・・・無理じゃ


一縷の望みでもあった彼女の力だが、まぁ、凛が無事ならいいか・・・と、考え方を変える。

「ねぇ、姫ちゃん。凛が私達が昔住んでいた家に住む事になったの。何とかなんないかな?」


――・・・・そうじゃな・・・これを渡しておくれ


そう言いながら、奏に渡したのは、一円玉くらいの大きさの水晶のペンダント。

「わぁ、綺麗だね!」

水晶を覗けば、キラキラと神秘的な輝きを見せるその内部に、感嘆の溜息を吐く。


――我の力を込めているからな。これで、此処に来ても具合も悪くなるまい


水晶の中は桜色と金色の粒子が絡み合うように常に流動的で、仄かに煌めいている。

そして感じる温かな波動。

「ありがとう、姫ちゃん。これで凛も大丈夫だと思う」

アスモデウスを凛から引き離し、先に渡していた護り紐より、遥かに力の強い護り紐を渡して、ようやく苦痛なく遠野家で過ごせている凛。

この境内は遠野家以上に神聖だ。邪悪なものがついている凛は、この境内に足を踏み入れる事すらできないかもしれない。

それだけ、ご神木である「桜襲の姫」の力が強いのだ。


だが、彼女の加護がかけられたこの水晶を身に着けていれば、体調に異変なく境内を動き回れるはず。

凛の母でもある百合子がここで働く事になり、神社の敷地内の家に住む事になる。

何の障害もなく、凛には過ごして欲しいと奏は思っていた。


「ありがとう!姫ちゃんにも、挨拶に来るからね!」


そう言って弾ける様な笑顔を見せる奏に「青い春よのぉ」と、柔らかな笑みを浮かべる姫さまなのだった。

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